Tubakka’s blog

初老オヤジの青春時代の実話体験談。毎話読み切り。暇で暇でしょうがない時にお勧め。

(第12話)百鬼夜行?国鉄寮は魑魅魍魎

水木しげるの妖怪 百鬼夜行

このブログは前回の話(『お嬢突撃?一宿一飯の恩義』)を途中まで(お化けの話が出るところまで)読んでから読み進めることをお勧めする。通常は毎話読み切りだが、前回+今回を合わせると長すぎるので途中分割した。ご了承願いたい。

どうしても読むのが面倒だと言う人は、ここまでのあらすじを読んでほしい

 

--【ここまでのあらすじ】 --
-お嬢について-
・中学時代お嬢様言葉でふざけていたことから私がお嬢と呼ぶようになる
・お嬢と20才頃地元でバッタリ再会する
・アイドル級の美貌とかわいさを併せ持つ
・お嬢は水商売のホステス勤め
・どこぞのオッサンの愛人をしている
-私-
・容姿に自信がない
・お嬢との関係を壊したくない
・お嬢に惚れないように頑張っている
-ポンタについて-
・会社の同僚。ある日一緒に飲んでウチに泊まることに
・泊まった時の夜中にお嬢が押しかけてきて一緒に飲むことに
・今回の話はその飲んだ時にポンタがしたお化けの話

 

【前話-居酒屋場面の続き】
ポンタと飲んだ日、遅くなったためウチのアパートに泊まることになった。その日の深夜、店がハネたお嬢がアパートに突撃してきた。3人で一緒に居酒屋へ。そこでポンタの体験したお化けの話が始まった

ポンタ「いやーびっくりしたよ、急な突撃によ」
私「悪い悪い、いいヤツなんだけど今日は飲み過ぎてると思う」
お嬢「そんなに飲んでまっせーーん」
ポンタ「いやスゲー嫌な思い出があっからさ、お化けのさ」
私とお嬢「お化け?」

ポンタ「うん、あんま思い出したくねーけどなー」
私「いや、そこまで言ったら教えろよ、気になるじゃんよ」
お嬢「うん聞きたーい」

ポンタは生のお代わりを注文するとポツポツと話し始めた

ポンタ「…トラウマんなっても知らねーよ?」
私「え?そんなに?」
お嬢「いいよ、いけいけー」

ポンタ「じゃ言うけどよ、俺仕事で知り合った国鉄の職員と飲んでよ、今日みたいに遅くなったんだよ。で、職員寮に泊めてもらうことになってよ」
私とお嬢「うん」

ポンタ「あ、その前にその職員の人となりについて言うとよ、青森の恐山近くの生まれでさ、お婆さんがイタコやってたらしくてよ」
お嬢「へぇー興味津々~」

これは酒が足りなくなるなと思い、私は生を追加した

お嬢「で?で?」
ポンタ「その国鉄の寮がさ、出るんだよ、半端なく」
お嬢「何?何が出るの?コレ?」

お嬢は『コレ?』と言って両手をブラブラする仕草をした

ポンタ「それよ」
私「どんなんが出んの?」
ポンタ「ん~まず、寮の部屋に入った時から嫌な空気流れてる感じだったんよ。なんて言うか淀んでるっつーか」

お嬢「で?で?」
ポンタ「その寮な、もうすぐ建て壊すとかでチョー古いんだよ。歩くとギシギシ鳴ったりよ、なんか窓の下側に横長の細い窓があってよ、そこからの隙間風の音が不気味でよー」
私「おぉー、で?」

ポンタ「でまぁー、二段ベッドの下を借りて寝たわけよ。電気消してよ、すっとよ5分くらい経ったらドタドタ上の階から足音すんのよ~、けどなおかしんだよ、おれらいた部屋な…」
お嬢「うん」

 

ポンタ「最上階だから!」

 

私とお嬢は同時に体を反らした。少しビビった

ポンタ「続けっとな、職員に訊いたわけよ、『あれここ上うるさいスね、上の階ありましたっけ?』ってな。そうすっとその人な青森訛りでよ、言うんだよ、上手く真似できねーけど真似すっとよ…」

ポンタ(職員のマネ)「あ~、あいヅらいつもでんだ~、なんもシねから気にすんな~」
ポンタ「でよ、言ったんだよ『いやでも気になりすよー』って。したらよ」
ポンタ(職員のマネ)「オメラうるせーっぞ~、しズかんしろ~っ!」
ポンタ「…したらピターッて足音とまるんよ」
私とお嬢「マジッ?」

お嬢「え?その人は平気なの?」
ポンタ「それな、ガキんとき恐山に婆さんと一緒に行ってから幽霊はずっとみてんだと。だからぜんぜん怖くないってんだよ」
お嬢「そんな人いるの!」

ポンタ「いるんだよ…。でな続けっとよ、また5分10分経ったらよ、また足音鳴ってまた怒鳴って繰り返したのよ」
私とお嬢「で?」
ポンタ「したら今度はしばーらく静かになったけどよ、でも眠れねーじゃん、そんなとこで」
私「だなー」

ポンタ「ほんでもよ、少しウツラウツラしてたらよ、したら急に頭から寒気してきてよー、何か寒ぃーなーって思って頭の窓のほう見たらよー」
お嬢「どしたの?」

 

ポンタ「頭から血流した女が立ってたんだよー」

 

私「マジかっ!」
お嬢「見たのそれ見たの?」
ポンタ「ハッキリ見た!!」
お嬢「ヤダー!」
ポンタ「俺、ウワーって騒いだわけ。そしたら職員、上から降りてきて窓のほう行って…」

 

ポンタ(職員のマネ)「『まったオメ~かっ!』ってよ、『シャッ』てカーテン閉めたんだよ」

 

私とお嬢は大爆笑した

私「なんだよ、フカシかよー、ウケたけどよー」
(※フカシ≒ネタ)
お嬢「ギャハハーっ幽霊の立場ってないじゃん!」

ポンタ「バッカ、フカシじゃねーよ、見たまんま言ってんだからよー」
私「またまたー?」
お嬢「チョーウケる!最近の大ヒットにしてあげる」

ポンタ「あれーマジだっつってんのによー。いいよもー」
私「そんな拗ねんなよ、わかった信じるよ、信じた」
お嬢「は~いっ!信じマース!」

ポンタ「オメーらぜんぜん信じてねーじゃん!」
お嬢「あー面白かった!今日はかいさーん!」
私「おう」

ポンタが慌てて生を呑み干してお開きとなった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

平日のある日、お嬢が突撃にきた。ドンドンと窓を叩く。

お嬢「いるのー?いないのー?どっちー?」

私はガラッと窓を開けた

私「あれ、珍しいじゃんこんな早く。まだ昼前じゃん」
お嬢「今日休み?」
私「おー、休み」
お嬢「お茶行こお茶」
私「おー、いいね」

京浜蒲田商店街の2階にある喫茶店は二人の行きつけになっていた

お嬢「これ欲しいって言ってなかった?あげるよ」
私「えー、何?」

箱を開けるとカルチェのサントスが入っていた。高級腕時計だ
(※当時はカルチェと発音してた。最近はカルティエ
私「え、これは貰えないよ、スゲー高いヤツじゃん」
お嬢「うん、ダイジョブ」

私はよくよく時計を覗いた

私「なんだよこれパチじゃん」
(パチ≒パチモノ≒ニセモノ)
お嬢「えー?なんでそう思うの?」
私「ホンモンは数字の『7』にちっちゃく『CARTIER』って書いてあんの!」

本物は赤枠に小さく『CARTIER』とある。(Cartier サントス)

お嬢「バレたかー。あんたが見破るんじゃ程度ひくいなーこれ」
私「何する気だったのそれで」
お嬢「ヒミツ!」

私「何だよそれ」
お嬢「悪かったってば」
私「本当にそう思ってる?」
お嬢「まぁ、一応ね」

私「じゃあさ、今度、千葉の海に会社の先輩と一泊旅行いくことになってんだけどさ、お願い、一緒に行ってくんない?お願い!」
お嬢「えー、ヤラシー、やらせろってこと?まわりくどっ!」

私「いや、違うってー、12~13人で行って男女別の部屋だからそういうんじゃないから」
お嬢「でもヤダー、知らない人達と行ってもつまんないじゃーん」
私「そこをなんとかお嬢様!」
お嬢「なんであたし呼ぶ必要があんのよ?」

私「いやさー、先輩達はみんな彼女つれてくるみたいでさ、俺だけいないのは惨めだからさぁ」
お嬢「またー、自分も彼女つれてくるとかなんとかカッコつけたんじゃないの~?」
私「いや、彼女とは言ってない。超ウルトラ美人の同級生呼んでみるって言っちゃった!」
お嬢「ま、良い表現ですこと!」

私「お嬢様にピッタリの形容詞でございます!」
お嬢「まぁ、お上手。考えておきましょう。…あれ、つーかあんたなんかさ、臭くない?」
私「あー、わりぃ。臭う?夜勤続きだったから、風呂屋の空いてる時間に帰れなくてよ」

私は酷いときは4~5日、銭湯に行けなかった

お嬢「マジー?いいよじゃあ、ウチのシャワー使っていいよ、行こ」
私「え、さすがに悪いよ、いいよ」
お嬢「臭いのはイヤだっつってんの、行くよ執事!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

久しぶりにシャワーを浴びてスッキリした

お嬢「バスタオル置いとくよ」
私「ありがと」

バスタオルで体を拭いているときにガチャッと玄関の鍵を開ける音がした。ん?出かけるのかな?どこいくんだ?と思って行き先を訊こうとズボンだけ穿いてリビングに出た。

驚くお母さん

お嬢母「まー、どなたなの?」
お嬢「あー、友達、シャワー貸してあげただけ、なんでもないから」
私「そうなんです、ぜんぜんプラトニックシャワーです」
お嬢「何言ってんの、早く上着てよ」
私「あー、うん」

私が服を整えてリビングに出るとお嬢の母は部屋に籠ってしまった

お嬢「ごめん、今日は帰って」
私「こっちこそごめん」

私はバタバタと慌てて帰った

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

お嬢「すいませーん、レモンサワー2つ追加でー」

威勢のいい『喜んでーっ』が聞こえた

私「いやー、アソコが縮んだわー、心臓止まるかと思ったよー」
お嬢「ふっ、縮むほどおありで?」
私「いやいや、ぎゅっーってさ、女にはわかんないよ」

お嬢「いいけどさ、プラトニックシャワーって何?、お母さんさ、シャワーのプラスチックどうかしたの?って訊かれたじゃーん」
私「うん、何か清い関係なんですって今どき風に言いたかっただけ」
お嬢「伝わるかっ!ダサッ」
私「お母さんの印象最悪だよなー、ごめんなー」

レモンサワーがドンドンっと運ばれてきた

お嬢「落ち込んでるなー、しょうがない。つきやってやるか千葉の海」
私「ホント?マジで?うわぁ良かった~、もう先輩から人数確定していいかって何度も来ててさぁ、もうちょっと待って、もうちょっと待ってってさぁー」

お嬢「夏の海はお肌の大敵なんだから、普通お水の女はいかないぞ!感謝しなさい」
私「ハッ!お嬢様、一生感謝します!」
お嬢「大げさだろっ」

そうか、そういう事情もあったんだな。焼きたくない理由か。お嬢の肌、真っ白に透けて見えるぐらいだもんな

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

早朝、東京駅八重洲口で待ち合わせた。私は夜勤明け。可哀そうだけどポンタは夜勤当番。先輩たちはもう車で待っていた。お嬢がなかなか来ない。私はヤキモキした。なんせ、お嬢が前日飲み過ぎていたらドタキャンもありうるからだ。

S木先輩「彼女まだ?」
私「すいません、もう少し待ってください。あ、彼女じゃないんで誤解されるとあの子にわるいんで」
S木先輩「またまた~」

改札をじっと見続ける。するとまもなくお嬢は現れた
忘れもしない、この光景だけは。後光が射したかのようにお嬢が光って見えた

【イメージ映像】お嬢はまさにこのレベルの女性だった。絶対に嘘ではない、盛ってもいない。正真正銘のウルトラ美女だった。誰だって惚れてまうがな。

白いワンピースに麦藁帽、麻の手提とかわいいリュック、白いグルカサンダルが夏のバカンスにピッタリの装いだった。この日のお嬢の美しさは群を抜いていた。きっと芸能事務所のスカウトがいたら、絶対声をかけただろう

お嬢「みなさん遅れてすいませんでした、電車遅延があって…」

先輩たちがあっけにとられているのが可笑しかった。たぶん、私の見た目との差に信じられない思いだったと思う。私は誇らしかった。

私「紹介します、お嬢です」
S木先輩「お嬢?」
お嬢「ちょっと、やめてよ」
私「あだ名です、名前はXXさんです」
M沢先輩「いいじゃんお嬢で。お嬢でいこ、それでいこ」
S田先輩「まさしくお嬢さんだしな」

みんな笑った。
4台の車で房総の海に向かった。私は車中、無表情を演じたが心の中は感謝で一杯だった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

コテージは、広いリビングに部屋がいくつかあった。男女それぞれ決められた部屋に荷物を運んだ

先輩たちはピックアップトラックからカヌー、ウインドサーフィンを下した。私はバナナボートをエアーコンプレッサーに繋いで膨らました。S田先輩はすでにビールを飲み始めていた。海より酒がいいらしい

お嬢がビキニになって砂浜に出た。眩いばかりのいい女っぷりだ。小さなビニール袋から日焼け止めを取り出すと入念に塗り始めた

眼が合うと私を手招きした

お嬢「ちょっと背中塗ってよ、たっぷりめ」
私「おぉ」

手にたっぷりと日焼け止めを溜めるとお嬢の背中に塗った。初めてお嬢の背中を触った。

S木先輩「ヒューッヒュー!」
M沢先輩「よっ美女と野獣!」

みんな大笑い、先輩の彼女たちにも大笑いされた。私は笑顔で一言返した

私「ただの日焼け止めです!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【イメージ映像】シーサイドコテージ

ひとしきり遊んだ後、少し離れた岩場でお嬢と並んで座った。夕陽をぼんやり見ながらお嬢はポツリと言った

お嬢「実はさ、訳アリのほうのオヤジがさ、マンションの名義あたしに変えてやるからずっとこの先も関係続けてくれっていうんだよね」
私「え?ずっとかよ、それは…」
お嬢「わかってる…。でもさ、そしたらお母さんと一緒にあそこ住んでていいっていうからさ、少し迷ってる」
私「お母さん、離婚して別に住んでるんだったよな?」
お嬢「うん、昼間だけあのマンション来ることあるけどね、夜は来ないよ」
私「…」

私は自分の範疇を超える問題に何も答えてあげられなかった

お嬢「ごめん、へんなこと言って。忘れて!お嬢の命令ダゾッ!」
私「…」
お嬢「なーに、ノリ悪いぞ」

がやがやと先輩たちの声が聞こえる。コテージのほうでキャンプファイヤーの火をつけ始めている先輩達が見えた

お嬢「行こっ、バーベキューだって。食べよ」
私「うん」

【イメージ映像】キャンプファイヤー

バーベキューが始まると缶ビールを片手にぐいぐいと飲み、お嬢の話はいったん忘れることにした。お嬢がトイレ行くねと言って席を離れるとS木先輩が隣に座った

S木先輩「メチャメチャかわいいじゃんよ、彼女なんだろ?もうやったの?」
私「いや、彼女ではないです、ハッキリ言いましたよね?」

いつの間にかM沢先輩も横に座った

M沢先輩「今更隠すなよー、いいじゃん、いい子じゃん、やったんだろ?」
私「やってないです、彼女じゃないんで。ハッキリ言いましたよね?」
S木先輩「またまた~」

先輩達の興味はやったかやってないかの一点なのかと私はあきれた

やがて彼女が戻ってくると私は先輩たちに『はい、どうぞお戻りください』と手のひらを上に向けて促した

M沢先輩「なんだよ、ちょっとぐらい彼女としゃべらせろよ」
S木先輩「そうそう」
私「いいですけど変なこと訊かないでくださいよっ」
S木先輩「わかってるって!」

彼女が戻ると席をずらして私の隣に座った

お嬢「なんの話してたんですか?」

先輩たちと顔を見合わせた。この沈黙が続くと良からぬ方に話がいきそうだ

私「あー、ポンタのお化けの話しようとしてた」
S木先輩「お化け?」

私はポンタのマネをして話して聞かせた
最後の場面ではやはりみんな爆笑した

M沢先輩「それはやっぱネタだろ?もちネタだろそれ」
私「ですよねー」
S木先輩「いくらなんでも出来すぎだろー」
お嬢「えー?でもあたしなんか家のリビングのカーテン毎回ピッタリ閉めちゃう」
私「考えすぎだよ!ないってそんなの」
M沢先輩「そうだよ、ネタだよ」
S木先輩「ないない」
お嬢「みんな強いんですねー」

そんな話題で盛り上がったあと、就寝時刻となった
私はM沢先輩とS木先輩の3人の部屋で寝ることとなった
海辺のコテージの周辺は、漆黒の闇に包まれていた

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

私「先輩、もう寝ました?」
M沢先輩「まだ」
S木先輩「なに?」
私「外まっくらですね」
S木先輩「うん、それが?」
私「トイレ行くときヤじゃないです?リビングのカーテン空いてたじゃないですか?」
S木先輩「お前も気になってた?」
M沢先輩「幽霊とか信じるほうなんだよな、本当は」
私「キチッと閉めときません?」

そうだとなということになり3人でリビングのカーテンを閉めているとき、女性部屋のドアが開いた。M沢先輩の彼女とS木先輩の奥さんが出てきた

M沢先輩の彼女「何してんの?」
M沢先輩「イヤー、ちゃんと閉めとこうかなって。ほら物騒だから」
S木先輩の奥さん「ふーん」

その奥で勝ち誇ったような笑顔を振りまく、仁王立ちのお嬢が言った

お嬢「物騒のなかに幽霊もはいります?」

私たちは曖昧に笑ってごまかした…

 

 

-- ここまで呼んでいただいたあなたへ --
お嬢との顛末が書かれた前回のブログ『お嬢突撃?一宿一飯の恩義』とセットです。よければ読んで。

 

(…次回『(第13話)忘れなきゃダメ?As Time Goes By』に続く)

tubakka.hateblo.jp

(第11話)お嬢突撃?一宿一飯の恩義

昭和のレトロなストーブ

今回は以前のブログ(『約束シカト?中1初恋5万円』)で少し触れたお嬢とのエピソードを話そうと思う

中学3年の1学期の期末テストが終わった頃だったと思う
私の班は放課後の掃除をしていた。私はコッソリ抜け駆けしてサボろうと教室を出た

キツイ子「ちょっと!あんた掃除当番ちゃんとやっていきなさいよねっ!」

うへっ、見つかったか!振り向くとお嬢だった。お嬢はクラスで1、2を争う美人だったが、少し物言いのキツい子だった。同じ班だった私は反射的に反発した

私「うるせぇなブス、放っとけよ」

この一言がいたく彼女のプライドを刺激したことは間違いない。私は翌日、担任のY尋に呼び出しをくらい往復ビンタをお見舞いされた
(このエピソードは『俺が先生?地獄のほふく前進』参照)

お嬢「アラーッ!お顔があこーございましてよ、どうなされました?」
私「やっぱお前か!」
お嬢「今日もオサボリ遊ばすの?」
私「うるせー!お嬢様口調むかつくから止めろよ」

私にとって彼女は恋心を抱く存在ではなかった。美人過ぎてあまりにも私とのイケてるランクに開きがあったため、対象に入らなかったというか、そんな感じだった

放課後、しぶしぶ箒を手に取る私を見てお嬢は言った

お嬢「その調子、その調子。よろしくてよ」

こいつのざーたらしい口調ホントむかつく。だが同じ対応をしてもこの流れは変わらない気がして私は逆張りをした。右手を胸に充ててお辞儀をしながらこう言った

私「ハッ、お嬢様、何なりとお申し付けくださいませ」

彼女はフッと笑った。私も笑った。見ていた同じ班の誰かが言った

「なんのコントそれ?」

私たちはもう一度笑った。この一件以来、私は彼女をお嬢と呼んだ

ベルサイユのばら』は、池田理代子による漫画作品。通称「ベルばら」。フランス革命前から革命前期のベルサイユを舞台に、男装の麗人オスカルとフランス王妃マリー・アントワネットらの人生を描く、史実を基にしたフィクション作品。女生徒はお嬢様言葉をマネしてよく遊んでいた

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

急速に近しい仲になったある日の放課後…

お嬢「水川に聞いたけどさ、あんたんちに美味しいコーヒーがあるらしいじゃん。試してあげてもよろしくてよ」
(※水川のエピソードは『約束シカト?中1初恋5万円』を参照)

私「ハッ、お嬢!ってマジ?うち来るってこと?」
お嬢「えーいいじゃん、飲ましてよ」
私「まー、いいけどさ」

ウチまでの道すがら話しながら歩いた

お嬢「なんかさー、ウチの親ヤバそうなんだよね」
私「どういうこと?」
お嬢「最近、ケンカばっかしてさ、離婚しそう」
私「そうなんだ、ウチは親父が小4の時亡くなってるからわかんないけど」
お嬢「あ、ごめん、へんなこと言って。忘れて」
私「ハッ!忘れましたお嬢様!」
お嬢「よしっ!許してつかわす」
私「ん?それお代官じゃん」

2人してギャハハと笑っているうちに家に着いた。ブルマン100%のコーヒーをミルで挽いた一品をトレーに乗せた運んだ

私「お嬢様、お召し上がりください」
お嬢「んっ!食してつかわす」
私「だからそれまたお代官じゃん」

またギャハハと笑った。

お嬢「あっ何これ激ウマ、激ヤバ!チョーうまいじゃん、香りがさぁー、ハンパなくいいじゃん」

私はブルーマウンテン100%豆の自慢をした

 

--ブルーマウンテン --
ジャマイカにあるブルーマウンテン山脈の標高800から1,200 mの限られた地域で栽培されるコーヒー豆のブランドである。
ブルーマウンテンの特徴として、香りが非常に高く、繊細な味であることが挙げられる。香りが高いため、他の香りが弱い豆とブレンドされることが多い。
限られた地域でしか栽培されないため、収穫量が極めて少なく、高価な豆としても知られている。豆の品種は、他のジャマイカ産の豆と同じ物であるが、過酷な環境により栽培され、厳密な検査により選別された結果、繊細な味を実現している。ジャマイカから輸出する際、他のコーヒー豆なら麻袋等に入れるところ、ブルーマウンテンに限り木の樽で出荷される。
ブルーマウンテン

 

これを機会に水川に加えてお嬢もウチを喫茶店として利用する常連となった。だが、特に彼女とかそういう関係に発展することは当然なかった
とはいえ、私には密かに思う気持ちは少なからずあったと思う。だが、あまりのルックスの落差にそんな気持ちは振り切られていた

そしてそのまま卒業となった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

あれから5年ほどたった20才くらいの頃、京浜蒲田を歩いていたら派手な化粧と真っ赤なワンピースに身を包んだ女が向こうから歩いてきた

私「ん、どこかで見たような…お嬢?」

パッと眼があった

お嬢「あーっ!執事!」
私「誰が執事だよっ!」

二人してギャハハと笑った。彼女は昔のままだった

お嬢「ね、飲み行こ飲み!」
私「えー?まだ3時じゃん、陽ー高っ!」
お嬢「えー、いいじやん、夜仕事だもんあたし。ダメ逃がさない!コレッ!お嬢に従え!」
私「ハッ!かしこまりした!」
お嬢「ヤッター、やっぱ執事じゃん」
私「しょーがねぇ飲るか」

と、言いつつ私は再会できたことが、ことのほか嬉しかった

当時、蒲田は新宿にも劣らないほどの飲み屋の数で夜明けから昼までやってる店とか、夜中だけやっている店とかさまざまあった。要はいつでも飲めた

私たちは居酒屋のカウンターに座った。板前がチラチラ彼女を見る。奥の板前もだ。店のお客も同じだった。そう、お嬢はTVでよく見るアイドル級の美人に成長していた

【イメージ映像】お嬢はまさにこのレベルの女性だった。絶対に嘘ではない、盛ってもいない。正真正銘のウルトラ美女だった。誰だって惚れてまうがな。

私はさらに開いたルックスの落差に開き直ることにした。中学のとき以上にズケズケ言い、よもや変な感情が湧き出る隙間はない

お嬢「あんた何今やってんの?リーマン?」
私「そのとおり!しがないリーマン、お嬢は?」
(※リーマン≒サラリーマン)

お嬢「お水。食ってくの大変だからさー、ホステスやってま~す」
私「マジか、ま、そんないでたちだもんな」
お嬢「悪いか!」
私「とんでもございません、お嬢様!」
お嬢「よろしい!」

ギャハハと笑う顔がまた美しい

お嬢「ねぇ、まだあの家に居るの、電話番号教えなよ」
私「もう出てるよ、今は京浜蒲田の風呂無しアパート、電話無し」
お嬢「えぇー、激近じゃーん、見に行こ見に行こ!」
私「え、マジで!激キタナイ物件だよ、見る価値ナーシ!」
お嬢「いいじゃん、いいじゃん教えなよ、命令でゴザる!」
私「それもう忍者じゃんよう」

私たちは店を出るとアパートに向かった。京浜蒲田の商店街からアパートまでは5分程度で近い。すぐに着いた。

私には嫌だなーと思うことがひとつあった。できればアパートは見せたくない。理由は6畳間を3畳づづに襖で区切ってあるヘンな部屋だからだ。初めて来るひとは大抵爆笑して帰っていった
(※このエピソードは『6畳2間?2万6千円』を参照)

 

案の定、私の部屋はお嬢が倒れこむほどの爆笑をかっさらった。寝転んでバタバタと足を動かし、ヒーヒー言っている

お嬢「腹いてー、何でこんな狭いのに襖で区切ってんの、部屋でウケ狙ってんの初めて見たよー、ヒー腹いてー」
私「こうなるから見せたくなかったんだよなー」
お嬢「ゴメンゴメン、お詫びにさ、今度あたしんちも見せるよ」
私「えー?いいよ別に」

そうは言ったものの、どんなとこに住んでるのか興味があった
その日はもう仕事だからとそそくさとアパートを出た

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

次の週、お嬢に電話してやっぱり見せてと頼んだ

お嬢は立派なマンションの4階か5階だったかの2DKに住んでいた。私のアパートとは雲泥の差だ。私は収入の格差を見せつけられた気分だった

いやいや、友達がいい暮らしをしてるからって嫉妬はやめよう、と思い直した

私「スゲー部屋じゃーん、ここいくら?」
お嬢「知らない。あたし払ってないから」
私「へぇーいいなー、タダなんだ、お店の寮とか?」
お嬢「店に来るオヤジの持ちもん」
私「オヤジ?」
お嬢「そっオヤジ。コラッ!それでピンとこい!」
私「ハッ!了解しました!」

そういう事か。お嬢、愛人か…。
そのオヤジの事、本気で好きなら、それも人生だよな。でも違うとしたら…。
そう思うとさっきまでの嫉妬が悲哀に入れ替わった…。

お嬢「そんなことよりさ、店ハネたら、たまに飲みに誘うからよろしくね?なかなか夜中に誘える人いないしさー」

私は当時、24時間稼働のシステム保守のオペレーターをしていた。こんな感じの勤務帯だったので、誘いやすかったと思う

勤務シフト表の例

ご覧のとおり、A勤以外は午後からの出勤かもしくは休暇のため、夜中まで遊んでも比較的余裕があった

私「ハッ!了解しましたお嬢さま!」
お嬢「お返事がよろしい!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

お嬢はたまにと言っていたが、深夜頻繁にやってくるようになった

その訪問の仕方がきつかった。なんせ、しこたま店で飲んだあとなのか荒っぽい。私のアパートの窓を叩いて叫んだりした

お嬢「ドンドンッ!いるのわかってんだぞー、出てこーい!」

私は窓をガラッと開けて静かに、静かにとシーッというポーズをしてなだめることもしばしばだった

私の給料は当時、手取りで12~3万程度しかなく、アパート代の2万6千円と光熱費、食費を考えると、そんなにしょっちゅう飲みには行けなかった

私はたまりかねて、居留守を使う日もあった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そんなある日、同僚のポンタと飲んだが遅くなり、このアパートに泊まることになった。ポンタも最初は部屋をみて大笑いしていたが、この時はすっかり慣れていた
(※狸に似ていたので仮にポンタと呼ぶこととする)

私たちが布団をかぶり床につくとお嬢の襲来が始まった!

お嬢「ドンドンッ!いるのわかってんだぞー、出てこーい!」
ポンタ「なにこれ?」
私「シーッ!静かに」
お嬢「あっいるじゃーん、声聞こえてるぞ!飲みいくぞー!」

窓をガラッと開けて静かに、静かにと繰り返し、結局飲みに行く羽目になった

お嬢「ポンタくんお初~、グイッといってグイッとー」
ポンタ「いやーびっくりしたよ、急な突撃によ」
私「悪い悪い、いいヤツなんだけど今日は飲み過ぎてると思う」
お嬢「そんなに飲んでまっせーーん」
ポンタ「いやスゲー嫌な思い出があっからさ、お化けのさ」
私とお嬢「お化け?」
(このお化けの話も長くなるので次回のブログ『百鬼夜行国鉄寮は魑魅魍魎』に続く)

お化けの話をきいてこの日は解散となった

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

しばらくしたある日、最近突撃来ないよなーと思っていたらコツンコツンと窓を叩く音がした。窓を開けるとお嬢だった

お嬢「飲みいこーよ、奢るからさ」
私「そっかー?なんか悪いなー、じゃゴチになるわ」

【イメージ映像】 昭和の居酒屋(伊勢丹府中店のすぐ前にある『昭和居酒屋 駄駄羅亭』)

居酒屋に着いてからはポンタのお化けの話で盛り上がった

お嬢「マジ、あんな話あんのー?絶対イヤー」
私「フカシフカシ、フカシにきまってんじゃん、ありえねー」
お嬢「えーなんか怖いよー、あたしなんかあれからさー、カーテンとかの隙間かならず占めるようになったモン」
私「おれは全然問題なし!」
お嬢「うわっーすごい嘘つき、旅行でばれてんだけど?」
(お化けの件は次回『百鬼夜行国鉄寮は魑魅魍魎』参照)

ひとしきりバカ話をしたあとお開きにしようと店を出るとお嬢が歩かない

私「ん、どした?」
お嬢「今日さぁ泊めてくんない?」
私「え、マジ?ウチ?」
お嬢「んー、ちょっとさーあの部屋帰れないんだよねー今日」

え、自分の部屋なのに帰れないの?…と聞こうとしたが止めた。自分の部屋ではないことを思い出したからだ

私「んー、複雑な事情でもおありでゴザるか、よかろう泊めてしんぜよう」
お嬢「ふっ、忍者ダサッ」

笑いながらアパートに着いた

私「でもよ、今布団ひとつしかないんだよ、お袋が洗うって持ってっちゃった。だからこの布団使ってよ、俺毛布だけでいいよ、ストーブ焚いて寝るから」
お嬢「いいよ、遠慮すんなよ一緒にねよーよ」
私「俺んちで何で俺が遠慮なん?」
お嬢「一緒だと襲っちゃいそう?」
私「バーカ。いいよじゃ毛布と布団で一緒にねよ」

寝てはみたものの、寝付けない。当然だ。メッチャいい女が同じ布団に入っているのだから。するとお嬢はクルッと振り向いて頬杖をついた

お嬢「てかさ、マジでなんにもしないつもり?コラッ!正直に言え」
私「お嬢様、我慢してました」
お嬢「正直でよろしい」

どうもおかしい。彼女は顔色ひとつ変えない。いや変わらない、リアクションがまったくない。揺れが激しくなってもそれは私が果てるまで変わらなかった

私「・・・・・・・・・・。」

私「どうして?本気じゃないんだろ?」

お嬢は背中を向けた

お嬢「一宿一飯の恩義にござる」
私「ふざけんなよ」
お嬢「ふざけてないよ、今日泊めてくれてありがと。何も聞かないで。お嬢の命令ダゾッ!」

私はもう黙るしかなかった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

次の日からお嬢は来なくなった

2週間が過ぎたころ電話してみたが『また今度飲もう』といってくれたが、一向に来なかった。そうなるとしつこく電話するのも気が引けた

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

それから半年が過ぎたころ、お嬢が結婚するらしいと噂で聞いた。久しぶりに電話をかけてみると噂は本当だった

お嬢「うん、そう。岩手の人でさ、そに行くことになった。お祝いちょうだいよ」
私「マジだったか。お祝いね、ぜひ、あげたいけど、給料安くて大したもんあげられないかな」
お嬢「じゃさ、ストーブあったじゃん、ストーブでいいよ、頂戴?」
私「あんなんでいいの?ま、岩手寒いっていうしな」

後日、ストーブを取りにお嬢は夫になる人ときた。その人は精悍な顔つきのハンサムでお嬢にはお似合いの人だった

私は中学のクラスメートを男女混合で5~6人集めておいた。みんなからのプレゼントという形をとりたかったからだ

夫になる人がストーブを受け取ると同級生の一人が言った

同級生男「わがまま娘ですけど貰ってください」
私「バカ。失礼すぎるだろ。冗談ですから聞き流してください。今日はおめでとうございます」
同級生一同「おめでとうございます」
夫になる人「ありがとうございます」

私「お嬢様、お気を付けて」

お嬢「バカ、もういいよ、ありがとう」

ストーブを車に乗せて二人は旅立っていった

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

しばらく私は失恋した気分が抜けきれなかった
ある日、中学のテニス部でペア組んでいたN坂を誘って飲んだ

N坂「えーー?お前お嬢とやったのーー?いいなーマジかよー、チョーマブじゃん」
私「やったとか言うなよー、言葉選べよ、てかさ、なんかその最中、無人島の太平洋でさ、一人っきりで泳いでるような寂しさがあったんだよなー」
N坂「えーー?何それガバガバッつうこと?ウケるー」
私「バカ!そっちじゃねーよ、気持ちのこと言ってんの!」
N坂「なんだぁ」

ダメだこいつは。こいつとは話にならない。相談にも何にもならない。ハァー

N坂「でもよ、ストーブなんかなんで欲しいっつったんかね?岩手の実家にあるよな?フツー」
私「さーな、たまたま必要だったとか。すいませーん、生追加でー」

私の失恋気分が抜けるのはずっと先の事だった…


(次回『百鬼夜行国鉄寮は魑魅魍魎』…に続く)

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(第10話)ホントの初体験?渋谷のラブホは坂の上

渋谷のラブホ街 丸山町

高2の春、電話が鳴った

母「はい、ベンガル君?ちょっと待ってね。ベンガル君から電話よー」
(※ベンガルは中学時代の同級生。若いときのベンガルに似ているから仮にベンガルと呼ぶことにしている。前回のブログ『初体験?彼女とお泊まり大晦日』で私の失恋を慰めてくれた友人)

私「俺、どした?」
ベンガル「おっ、オレオレ。イヤー今、直江津から掛けてんから手短に言うわ」
私「直江津?どこ?」
ベンガル「新潟の。小銭切れちゃうから用件だけ。わりぃけどさ直江津の病院までマンガ持ってきてくんない?暇すぎなんでさ」
私「はぁ?」
ベンガル「細かいことは小薮ってヤツから説明させるからさ、来週のゴールデンウィークに頼むわ」
私「急に何言ってんだよ」
ベンガル「いいから頼むよ、彼女紹介する件、進んでんぞ、じゃよろしく」

電話は切れた
なんだなんだこの電話は。新潟?直江津の病院?さっぱりわからない。とにかく小薮ってだれだ?

直江津駅直江津駅(なおえつえき)は、新潟県上越市東町にある、当時の国鉄(現JR東日本)の駅である。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

母「はい、ちょっと待ってね。小薮くんて人から電話よー」

小薮?あーベンガルの言ってたヤツか
(※ベンガルの高校の同級生。仮に小薮と呼ぶことにする)

私「電話代わりました」
小薮「あっ、俺小薮って言います。ベンガルの高校のダチです」
私「うん、聞いてます、直江津の病院まで来いって言われたけど?」
小薮「うんそう、実はね…」

話を要約するとこうだった
・学校の部活で上越の春スキーに行った
バックカントリーに憧れてコース外を滑った
・ミスって木に衝突、膝を複雑骨折して入院してる
・暇だからマンガとか小説持ってこい

バックカントリースキー』スキー場など管理されたエリア以外で、スキー、スノーボードをすること。基本的にリフトなどを使わないで、自分の力で登って、自然のままの地形を滑る。もちろん圧雪車が無いので、パウダースノーが楽しめる。

私「わかったけどさ、送れば良くない?」
小薮「うんそう、そうなんだけどさ…ちょっと電話じゃ言いづらいから。明日ベンガルの家に集合しようよ、詳しく説明するから」
私「わかった」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日、ベンガル家の前に小薮は居た。初対面の挨拶を交わすと、すぐに打ち解けた

小薮「お互い振り回されるよな…」
私「マジそう、直江津とか行くのいくらかかんだろ、金ねーし」
小薮「金はそんなかかんねーみてー、親御さんが出してくれるらしい」
私「え?そーなん?マンガのためにそこまでしてする?」
小薮「それな!…中で話そう」

『ピンポ~ン』とベルを鳴らした

ベンガル母「はーい、まぁこのたびはわざわざ息子のためにゴメンなさいねー、さ、どうぞ入って」
私と小薮「失礼しまーす」

ソファに案内されるとお茶を持ってきてくれた

ベンガル母「本当にごめんなさいねー、わがままに育っちゃったから、へんなこと頼んでねー。宅急便でいいじゃないかって言ったんだけども、寂しいから友だちに会いたいって言うのよ。それでね入院も6月一杯かかるって言うし、お願いすることにしたの」

ようやく事情が飲み込めてきた

私「いえ、友だちなんで気にしないでください」
小薮「僕なんて一緒に滑ってたから責任感じます」
ベンガル母「まー、そんな責任なんてないのよ、あ、そうそう先に大事なこと済ませちゃいましょ」

ベンガル母は私たちに1万円づつと往復の電車の切符をくれた

ベンガル母「車中2泊のちょっときつい旅になるけどゴメンね、これ使って」
私と小薮「ありがとうございます」

深夜発、上野⇔直江津間の寝台列車の切符だった。私たちは『おぉー』と言った。寝台列車なんてなかなか乗れる機会がない。急に楽しくなってきた

ベンガル母「じゃ、お願いねー。あの子の部屋から何でも持って行ってあげてね」
私と小薮「わかりました」

部屋に入ると小薮がドアを閉めた

小薮「あのさ、言ってなかったこと言う」
私「何?」

 

小薮「持ってくのさ、マンガじゃなくてエロ本!」

 

私「マジッ?」
小薮「シッ!声がでかいって」
私「俺らヤツの下の世話するの?」
小薮「まーそう言うなよ、考えてみ?3ヶ月も入院でさ、骨折したけどあっちは元気だろ?」
私「そりゃそうだなー」
小薮「だろっ?現地で調達もできねーと思うよ、今ほとんど歩けねーらしいし」
私「だなー」
小薮「そうなると必要だろ?でもさすがにお袋さんに頼めねーじゃん」
私「頼めないわなー」

呼ばれた理由は納得はしたが、釈然としない。何で俺もなの?小薮だけでいいじゃん

小薮「じゃ、探そっか」

私たちは本棚の奥、ベットの下、押し入れの中などあらゆる場所をしらみ潰しに探した。出るわ出るわ、ザックザク。そのとき小薮が固まった…

小薮「あいつ、このスジの強者か!」
私「ん?どれ?」

 

小薮「見たことねーほどのスカトロ!ほら」

 

私「ゲッ!」

 

-- スカトロ --
いや、勘弁して!これは解説できないから。検閲引っかかるわ、自分でググッて!だけどクグッたあと、履歴削除したほうがいいと思うよ、家族や同僚が見たら人格疑われるからね

 

それは気分が悪くなるほどのレベルだった…。

私「しかし、こんなにあるとどれ持ってこーか?エロ本のジャンル広いなー」
小薮「あれ?だから呼ばれたんじゃないの?あいつ俺の好みよく知ってるヤツ紹介するって…」

 

私(小声で)「ヤツのエロ好みなんて知るかーー!」

 

私が呼ばれた真の理由がわかったのだった。だがヤツのエロ本の好みなんか知るか!!

小薮「あっ、そーなの。じゃ適当に広範囲なジャンル入れとくか」
私「いいけどこれどーする?」

例の気分が悪くなるやつだ

小薮「まーなー、『たで食う虫も好き好き』って言うから入れとくか」

 

-- 『たで食う虫も好き好き』 --
「蓼(たで)食う虫も好き好き-辛い蓼を食う虫があるように、人の好みはさまざまである」(広辞苑)。 この有名なことわざの蓼は、タデ科植物のヤナギタデ類のことで、刺身のつまに付いている赤や緑色の小さい二葉の芽(かいわれ)がそれである。 その葉は辛く、虫だって敬遠するだろうということでこのことわざができた。

 

かくして用意したスポーツバッグ2つにギュッと詰め込んで準備は整った

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

上野駅で待ち合わせると私たちは寝台列車に乗り込んだ。気分は上々、ワクワクが止まらない。発車のベルが鳴り響くと、まもなく列車は走り出した。寝台の場所を見つけると一息ついた

私たちは夜景を見ながら買ってきた缶ビールで乾杯した

小薮「なんか冒険気分だよなー」
私「ホントそう、マジ感動だわー」

小薮は持ってきたウォークマンのヘッドフォンを私に掛けると『時間よ止まれ』を聞かせてくれた

『時間よ止まれ』は、矢沢永吉の楽曲で5枚目のシングル。1978年3月21日発売。

流れる永ちゃんの歌声が夜景に溶け込んだ。レールの軋む音と揺れる列車。このまま時間が止まってもいいなと思った

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

朝7時過ぎに列車は直江津駅に着いた。

さわやかな新潟の風、ゴールデンウィークまっただ中の天気はピーカンだった。私たちは病院まで急いだ。 目当ての病室に訪れるとベンガルはいた

小薮「よっ!足どうだ?」
私「感謝しろよー、ド変態」
ベンガル「おーっ、遠いとこわりぃわりぃ。ちょっと出よ」

ベンガルは松葉杖をつきながら外のベンチに案内してくれた

ベンガル「いや、悪かったよ遠いとこスマン」
小薮「別にいいって。寝台乗れたしよ」
私「けどよー、お前のエロ本の好みとか知らねーよ」
ベンガル「ん?好みじゃねーよ、スカもんは要らねーって意味。前に言ったじゃん、スカもんは…」

 

「オヤジの趣味だってよー」

 

私「マジかーーーー!!」
小薮「うわーっやっかいな…」

3人は爆笑した。ベンガルは続けた

ベンガル「オヤジ、自分の趣味本を隠すのに俺の部屋つかってよー。お袋にバレても俺のせいにしてよー、お袋がスカもんみてビックリで、オヤジに相談してるとか落語かよ」

3人はまた爆笑した

私「思い出した!その話前に聞いたな」
ベンガル「だろー?だからスカもんはいらねーって意味で頼んだんだよ」
私「わりぃー、それな持ってきた!」
ベンガル「マジ要らねーわ」

3人はまたまた大爆笑した

ベンガル「あっ、そういえば女紹介の件、ひとり脈あったぞ」
私「おーっ信じてたぞ」
ベンガル「来月退院したらセッティングすっから」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

6月の末、ベンガルは退院した。早速紹介してくれるという

ベンガル「次の日曜、渋谷109な。俺の彼女の紹介だから4人でな」
私「ダメもとで砕けにいくかー」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

109前、その子は遅れてやってきた。なになに可愛じゃんか。ベンガルは私を見ると『どうだ』と眼でいう。もちろんOKだ
(※その子は菊名駅に住んでいた。仮に菊女と呼ぶことにする)

菊名駅』(きくなえき)は、神奈川県横浜市港北区菊名七丁目にある、東急電鉄・当時の国鉄(現JR東日本)の駅である。

菊女「ごめーん、遅れたー」
ベンガル彼女「うーん大丈夫ー、紹介するね」

紹介が終わると東急ハンズ横のカフェバーに入った。普通にコーヒーを注文して会話が進んだ。ベンガルの複雑骨折のときの話がアイスブレイクに一役買った

ベンガル「いけると思ったんだよ、自信あったからさ、したら小藪が俺の前で転ぶからさぁ、避けようとしたら木にぶつかったって訳。もーさ、あいつ轢いときゃよかったぜー」

けらけらと笑う菊女が可愛い。ここは負けていられない

私「でさ、退院して家に戻ってきた日、ちょっと雨降って雷がバリバリし始めたんだよ、んでさ、俺がこいつに言ったんだよ、『やべーぞ、膝の金属に落ちるぞー』てさ、こいつ泡食ってやんの」
ベンガル「一瞬信じた俺が恥ずかしい…」
菊女「おっかしぃー、落ちなくてよかったじゃん」
ベンガル彼女「でも、この間自分で『俺、キカイダーになった』って言ってたじゃん」

人造人間キカイダー』は、空前の「変身ブーム」と特撮変身ヒーロードラマ『仮面ライダー』(毎日放送)の成功を背景に、同じ原作者・制作会社が『仮面ライダー』との差別化を図って[1]、NET(日本教育テレビ)とともに世に送り出したテレビ作品である。

笑い声が絶えず、それなりに会話が弾んだと思った。でもどうだろう。いつものことだが自信はなかった
すると渋谷駅までの帰り道、唐突に言われた

ベンガル「出たぞOK、感謝しろよ!」
私「えっ?もう?」

後ろの2人を見ると菊女は俯いて恥ずかしそうだ。ベンガル彼女が胸元に親指を立ててニコッと笑った。この子の笑顔もすばらしく可愛い

ベンガル「お前彼女送ってけよ、菊名まで」
私「えっ?イキナリ?」
ベンガル「グスグス言わせねぇよ?」
私「わかった」


それからひと月、上野動物園隅田川花火大会、江ノ島と湘南の海、私達は順調に交際を重ねていった
(※『6畳2間?2万6千円』では単に彼女と書いていたが、実はこの菊女のこと)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

菊女「ねっ今日、横浜行こ?」
私「横浜?いいね」

私は思った。まさかのドルフィンはないよな
(※ドルフィンの件は『初体験?彼女とお泊まり大晦日』参照)
菊女「氷川丸って、乗ったことある?」
私「氷川丸?ないないー、乗ってみたーい」

真夏の夕暮れ。人はまばら。氷川丸の甲板は潮風が心地よかった。海を見つめる彼女がキレイだ。『江ノ島ってあっちかなー?』と訊く彼女の横顔を見つめていたら、私はまたしても恋に落ちた

【イメージ画像】海を見つめる彼女。こんな感じでまたまた恋に落ちたなー。

手を引いて甲板の先端に連れ出すと背中から抱きついてキスをした

菊女「恥ずかしいじゃん、もォー」

彼女はクスクスっと笑った

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ベンガル「俺との約束はどうなった?もう結構たつよな?」
私「いや、それな!考えてるんだけどさ、場所がな」
ベンガル「お前んちじゃダメなん?昼間誰もいねんじゃねーの?」
私「いないけどさ。真昼間からおっぱじめますか?二人の初体験、雰囲気も大事よ?」
ベンガル「俺気にしねーけどな、意外と繊細だな、よしっ、わかった任せろ。次の土曜109全員集合な!」
私「何する気だよ」
ベンガル「いいから任せろ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

土曜日午後、まだ陽は高い。道玄坂から歩いて坂を上ると丸山町に出た

ベンガル「ココにしよ!」
私「何が?」
ベンガル「いいから行くぞ」
ベンガル彼女「早く早くっ」

いわゆるラブホだった。彼女が『えっ?』という顔をしている。私はベンガルを引っ張って小声で言った

私「真昼間は雰囲気が出ねぇーっていったのにMAX怪しいラブホかよっ」
ベンガル「お前のそういう踏ん切りつかねーとこ、俺嫌い」

ベンガルは私の背中を押してラブホに無理やり押し込んだ。彼女もベンガル彼女に手を引かれてついたきた
ベンガル「もう、払ったから俺らからのプレゼント!」
ベンガル彼女「はい鍵~、ごゆっくりー」

鍵を渡された。二人はクスクス笑いながら行ってしまった。もう引き返せない。私は彼女の手を強く握った

私「行くよ!」

彼女はコクンと頷いた


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私と彼女が大人の関係になってしばらくたったある日、彼女は話があるという。私の頭に前回の別れの場面がよぎった。おかしいな、なんかしたかな。
翌日、菊名駅の近くのいつもの喫茶店で会った。注文を済ませるとちょっと、ちょっとと顔を近づけてきた

菊女(小声)「話なんだけどさぁ、前から相談されてるんだけど、ベンガル君さ、へんな趣味あるの?」

良かったー、別れ話じゃないんだと思った

私(小声)「へんな趣味?」
菊女(小声)「うん、言いにくいんだけどね、男の子がH本見るのは知ってるし、彼女もそれは了解なんだけどさ、何かね…うーんとね…へんなキタナイ本があるっていうの…」

 

あっ、あのスカものか!ヤベー見つかってんじゃん彼女に。バカじゃん

 

私は取り繕う方法を思案した

私(小声)「あっ、それ俺もベンガルから聞いたことある、前にほら、直江津にお見舞いに行ったっていったじゃん」
菊女(小声)「うん」
私(小声)「そんときの小藪がお土産にふざけて渡したんだよ、シャレシャレ。早く捨てろって言っとくから」
菊女(小声)「あーっ、何だそうだったの。なんだあたし相談されてさ…あの子…」

 

菊女(小声)「ヘンタイかなって悩んでた」

 

マジかっ!スゲーウケるけど、顔には出せない!!

私(小声)「バカッ、そんなわけねーじゃんか」
菊女「あーっ、だよねー、伝えとくね」

その夜、私はベンガルに電話した

ベンガル「えーーっ!マジかっ!やべー」
私「小藪のせいにしといたから、感謝しろよ!」
ベンガル「いやー助かったわ、わりぃわりぃ」
私「これで彼女紹介の借りチャラな?」
ベンガル「わかったわかった」
私「あの雑誌、早く捨てろよ!」

 

ベンガル「捨ててんだけどよー、毎週買ってくんだよなーオヤジ」

 

そんなん知るかよ
私はオヤジと話し合えよと吐き捨てて不毛なこの電話を切った…


(次回『お嬢突撃?一宿一飯の恩義』…に続く)

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(第9話)初体験?彼女とお泊まり大晦日

都会と自然のいいとこ取り!二子玉川に彼女の家はあった。押しも押されもしない高級住宅地である。今でも田園調布、成城、松濤にも引けを取らない人気がある。豊かな多摩川の自然と景観は若い主婦の憧れの住宅地となっていった。

高1の秋、私は水川に二子玉川の子を紹介してもらうことになった
※水川(『約束シカト?中1初恋5万円』参照)

私たちは品川駅にあるアンナミラーズで待ち合わせた。女性店員は高校生だろうか、可愛いい制服のミニスカートがまばゆい

 アンナミラーズは、アメリカ・ペンシルベニア・ダッチのドイツ風スタイルの家庭料理とデザートパイを提供するレストラン。 日本とアメリカ合衆国ハワイ州で展開されている。しばしば「アンミラ」と略して呼称される。

ガランとドアが鳴ると水川と二子玉に住む彼女は現れた。
(※彼女の事は仮に二子女と呼ぶことにする)

注文をすますと水川が『どうだ?』と目で合図した
二子女はおとなしそうな可愛い子だったので、私は即座にOKサインを出した。だが、相手にはされないだろうと思った。(そもそも選べる立場でもない)

イケメンランク表

最初は水川と会話をしていたが、次第に二子女も会話に加わるようになると、私は会話が盛り上がるように頑張って話題を提供し続けた

今でいうアイスブレイクもそつなくこなし、盛り上がった会話もいくつかあったが、それでも上手くはいかないと感じていた


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

水川「いいってさ」

 

私「えぇ?マジで?」

次の日、水川が電話で知らせてきた

かくして人生で初めて彼女ができた
昔見た『われら青春』のように走り出したい気持ちになった

『われら青春!』は、中村雅俊主演の太陽学園ラグビー部を舞台とした青春学園ドラマ。製作は東宝。制作協力にテアトル・プロ。日本テレビ系で毎週日曜日に放送されてきた、『青春とはなんだ』に始まる東宝、テアトル・プロ、日本テレビ製作の青春学園シリーズの最終作。この作品が中村雅俊の初主演作である。

東急線大岡山駅で初待ち合わせ。二人っきりで会うのは緊張するな

二子女「遅くなっちゃった…」

テレながら笑いかけてくる彼女が可愛い

私「俺も今来たとこ。とりあえずお茶でも飲む?」

近くの喫茶店に入って何も知らないお互いのことを埋め合った。普段している好きなこと、好きな音楽、どんな雑誌読むの?今度行きたいとこある?…など、変な間があかないように用意してきた話題をぶつけた

二子女「そうだなー、横浜行かない?ほら、ユーミンの歌詞に出てくる『ドルフィン』とか行ってみたいかも?」
私「いいね、行ってみたい!そこにしよっ」

やっぱり彼女はソーダ水を頼むのかな?なんて思っていた…

ドルフィンは、神奈川県横浜市中区にあるレストランである。 松任谷由実の楽曲『海を見ていた午後』でこの店の情景が歌われたことから、「ユーミンの聖地」として知られるようになった。

手をつないで坂をあがるとドルフィンはあった

二子女「あーっあったー」
私「ここかぁー」

席に着くとウェイターが注文を促す

 

二子女「うん、ソーダ水で!」

私「やっぱりそうなるよね、同じで」

ソーダ水に貨物船映るかな?…なんて遠く貨物船を探す彼女を見て、私は恋に落ちた

【イメージ映像】こんな感じで恋に落ちたな。『ドルフィンでくつろぐしょこたん中川翔子- 本人ツイッターより

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある日、いつもの大岡山駅の喫茶店を早めに切り上げて、二子玉川に行こうという。高島屋の屋上から見る景色が好きだという

私「うん、俺も見てみたい」

秋も深まった高島屋の屋上は寒かった。高い建物もなく遠くまで見渡せる景色は素晴らしい

私「あの川ってさ、多摩川?」
二子女「うん、そう」

彼女はベンチに腰掛けた

二子女「結構寒くなってきたね」

私は隣に座ると彼女の手を握って暖めた

二子女「手、あったかいんだね」

私はおもむろに左手で彼女の肩を抱き寄せてキスをした。彼女はすんなり受け入れてくれた。初めてだった

私「…急にゴメン」

彼女はとびきりの笑顔で応えた

二子女「ぜんぜん!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

姉「愛しい人から電話だっよーーーん!」
私「うるせぇよ、バカ」

電話に出た

私「もしもし、俺、どした?」
二子女「うん、あのさ大晦日、うちこない?」
私「え?いいの?一家団欒の日じゃん」
二子女「うん、親は旅行に行ってて大晦日遅く帰ってくるの。お姉ちゃんはいるけどさ」
私「お姉さんはいるんだ。本当にいいの?」
二子女「いいじゃん、来てよ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

晦日、お昼過ぎ二子玉に着くと彼女は待っていた。川沿いの道をしばらく歩くと彼女の家に着いた。

私「おっとー、スゲー家じゃん、立派ー」
二子女「そんなことないって」

彼女の父は建設会社を経営している社長さんだった。家が立派なのも頷けた

これまた立派な玄関に入るとお姉さんが迎えてくれた

二子女姉「はじめまして。良く来てくれたね!」
私「あ、初めまして。大晦日にお邪魔してすいません」
二子女姉「やだー、堅い挨拶は抜きッ!よろしくね!」

 

なんと、彼女の姉はひとつ飛び抜けた美貌の持ち主だった

 

美人姉妹っているんだーと思った

リビングに入ると豪華なおせち料理が『これでもかッ!』というくらい並んでいた。我が家の雑煮や簡単なおせち料理とは比較にならない。料理はどれも美味しかった
彼女の実家は紛れもなくブルジョア階級だった

 

-- 『ブルジョア』 --

ブルジョワ」とは、主に資本家階級や中産階級を指す言葉である。 もともとはフランス語の「bourgeois」から来ており、商工業者や金融業者など、財産を持ち、経済的な地位が高い人々を指す。 また、ブルジョワは一般的には、貴族階級ではないが、社会的地位や経済力を持っている人々を指すことが多い。反対語に「プロレタリア」があり「労働者階級」がある。もちろん我が家はこっちだ。どちらも今ではほとんど聞かれない単語だが当時はメジャーな表現だった

 

3人で他愛もないトランプに興じていたら、二子女姉が奥からビールとグラスを2つ持ってきた

 

二子女姉「イケるクチと聞いたぞ!はい、どうぞ…」

 

私「えっ、あー、じゃいただきます」

高校の友人と居酒屋に飲みに行ったりはしていたから、酒はいけるクチだった
当時は未成年の喫煙や飲酒は規制が緩くて、酒屋や居酒屋への出入りも高校生くらいならうるさく言われることはほとんどなかった

ゆっくり飲みながらトランプやボードゲームをしていたら、あっという間に夕方になった。結構酔ってきたし、そろそろ失礼しないと親御さんが帰ってくるよな?って思ったときだった

二子女姉「あっ、そうそう、今日お母さん達帰ってこないから」
私「はぁ」
二子女「泊まっていきなよ!」
私「えっ!!」
二子女姉「そうだよ、もう夕方なんだしさ、泊まりならもっと飲めるでしょ。『Jack Daniels』開けるから味見しない?バーボン!」

『Jack Daniels』ジャックダニエルは、アメリカのテネシー州で製造されるアメリカンウイスキー。 バーボンウイスキーではなく、厳密にはテネシーウイスキーに分類される。生産地と製造方法の違いから区別される。 販売本数は世界トップクラスであり、バランスのいい味わいから多くの人々から評価を得ている。

いや、さすがに彼女の家に泊まって元日を迎えるのはどうなんだろうと一瞬思った。だが、すでに酔いも回っていたこと、姉妹揃って泊まって行けと強く誘われたことから同意した

 

しかし、この宿泊はのちに激しく後悔することになる

 

紅白が終わってTVから除夜の鐘が鳴り響いた。彼女と紅白がどうだこうだ、レコード大賞はつまんないよね、などと喋っていたら二子女姉がそろそろ寝ようというと、向こうの部屋を指してこう言った

二子女姉「二人はあっちで仲良く、どうぞ…」

くすくすッと笑ったかと思うとあっという間に2階に消えた

二子女「歯磨くでしょ?歯ブラシ用意するね」

 

えっーー?アリなのーー?否定しないのーー?

 

歯を磨きながら思った。ヤベーぞ、ゴムねーぞ。駅前に買いに行くか、でもなー売ってる場所もわからねー、蒲田と違ってゴムの自販機みかけたことねーしなー

『コンドームの自動販売機』蒲田には至る所に設置されていたが、バブルの波が近づいた高級住宅街の二子玉川では、ついぞ見かけたことはなかった

そんなことよりもっと基本的なことがあった

 

つーかそもそも…使ったこともねーわ

 

いや、ゴム自体は見たことも触ったこともある。高校の教室に持ち込んで輪ゴムのように飛ばしているバカを何回も見かけていたからだ。少なからず私も飛ばしかえしたこともあった。だが、自分で買って着けてみたことまではない。そういう状況になることはまだ予想の範囲外だったからだ

まずいぞまずい。どうしようか…。

二子女「布団ひいた。これ大きいかもだけどお父さんのスウェットでいい?」
私「何から何までごめんね、ありがと」

お父さんのスウェット?
私は妄想した。もしも、明日朝早く両親が帰宅でもしたら…

二子女の父(想像)「なーにワシの寝間着きとるんじゃー」

ブルブルッ!いや、どこの田舎モン親父だよ、そんな口調はないだろ
だけど朝一帰んないとな

二子女「寝るの?寝ないの?」
私「寝る寝る」

部屋に入ると布団は二つ用意されていた。なぜか、少しホッとした。明かりを消して布団に入ると彼女と眼があった。可愛かった。思い切って彼女の布団に入ってキスをした。ブラに手をかけたそのとき、最悪なことばかり想像させる悪魔が囁いた…

待て待て。これでもしも子供が出来たらどうする?…私は想像してみた

 

ご懐妊想像パターン1

母「人様のお嬢さん傷つけて何してくれてんの!死んでしまえ」
姉の右ストレートが飛んでくる…

あるな、これはそうなるわ…

 

ご懐妊想像パターン2

二子女の父(想像)「なーにワシの娘孕ましとんじゃー、殺すぞー」
二子女の母(想像)「あー、どうしましょー、娘の将来が台無しよー」

もちろんあるな、これもありうるわ…

悪魔は同じ事を何度も考えさせた。私はこの先に進む勇気を削がれてしまった。しぼんでしまったのだ。酒を飲み過ぎたせいもあった。強烈な睡魔に襲われて、そのまま眠り込んでしまった

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

元日朝、起きるとそそくさと帰り支度して新年のご挨拶をした
せっかくなんだからお雑煮でも食べて行きなよと言う彼女の姉を振り切って、私は駅に向かって彼女と歩いた
沈黙が続いて駅に着くと改札口で『またね』と手を振った。彼女も手を振って笑っていた

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

あれから電話してもなかなか彼女はでなかった。不在が続いた。しばらく電話するのをやめた後、彼女の誕生日が近づいたある日、思い切って電話してみた

二子女「はい」
私「あ、俺だけどもうすぐ誕生日じゃん、お祝いしようよ」
二子女「うーん」
私「土曜日午後どう?」
二子女「じゃ、高島屋の屋上で待ってる」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

高島屋の屋上で久しぶりに会う彼女は笑顔がなかった。私は精一杯の誕生日プレゼントを渡した

二子女「ありがとう。あのさぁ…あのね…」
私「うん」
二子女「もう、終わりにしよっ…わかれよ」
私「え?何で…理由訊いていい?」
二子女「うーん。…好きな人が別にできたから…」

理由は嘘だと思った。あれからまだ2週間と少ししか経ってない。そんな急にありえない。違うよね?あの夜のことだよね?…でも言えなかった

私「いろいろゴメン、嫌な思いさせちゃったことがあれば謝るよ、だけど別れんの待って欲しい」
二子女「別に謝ることないよ、好きなヒトできちゃってこっちこそゴメン…」

そう言われちゃうとな…。もう戻れないんだなと悟った。私は悪あがきを止めた

私「そっか、好きな人できたんじゃ、しょうがないな。こっからの景色も見納めかぁ…」
二子女「…」
私「元気でな。じゃな…」
二子女「うん」

私は見送らないでいいと言った。泣きそうだったからだ

電車に乗ると二人で行ったドルフィンが浮かんできた。ソーダ水なんか頼んで貨物船なんてぜんぜん通らないじゃないか、ユーミンの嘘つきめ…

私は俯いてしたたる涙を隠した。鞄に落ちた涙が糸を曳いて流れた。袖をなすりつけてそれを拭いた。拭いても拭いてもまた糸を曳いた。キリがないなと思ったとき、もう拭くのを止めた


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから2ヶ月後、高校二年の春ころだったか、中学時代の同級生と酒を飲んだ
(※若いときのベンガルに似ているから仮にベンガルと呼ぶことにする)

ベンガルはビールをどんと置くとまくし立てた

ベンガル「そりゃーお前やっちまわねーからそうなるんだよ」
私「けどよ、状況的にムリだっつーの」

 

ベンガル「バカ。とりあえず先っぽだけ挿れときゃよかったんだよ、それで彼女のメンツもたっただろーが!」

 

私「そっかー、その手かー」
あの状況ではとても思いつかない発想だった

ベンガル「だろー?だいたいよ、わざわざ親がいないときに泊めてくれてだよ、姉さんが気を利かしてくれてお膳立てまでしてくれたんだから、それ喰わないとー!お前が悪いぞ」
私「だよなー、俺が悪いよなー」

ベンガルは『よし』と言ってテーブルを叩いた

ベンガル「俺がそのうち紹介してやるよ、可愛い子、そのうちな」
私「マジかー、よろしく頼むよ」
ベンガル「その代わりよ、そん時はちゃんと喰えよな?約束な!」
私「わかった、わかったよ、喰う喰う言うなよ」

周りの客がなんの話だって顔でみてる

ベンガルに相談してみて良かった。なんか心が晴れ晴れとしてきた。失恋のキズも癒えそうだ

その後ベンガルは本当に可愛い子を紹介してくれることになる。その話も長くなるので次回のブログで述べたい


(『ホントの初体験?渋谷のラブホは坂の上』…に続く)

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(第8話)約束シカト?中1初恋5万円

スケバンセーラー服コスチューム4点セット ハロウィンコスプレ 袖あり。当ブログの内容とは関係ありません

中学に入学したときの担任はS村という数学担当のおじいちゃん先生だった
先生の最初の講話はこんな感じだったと思う

S村先生「帝大にいた俺は海軍の士官を志していたが、身長が足りず涙を呑んだんだ。お前たちはそういう身体的なハンデはないんだから勉強に思いっきり励め!」

先生の身長は中学1年生と大差なかった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


中間テストが過ぎて家庭訪問にS村先生が我が家にきた
母は満を持してきいた

母「この子は公立に受かるでしょうか?」
S村先生「そうねぇ、このままいけば工業高校なら公立に受かる可能性がありますね」
母「あぁ、良かった!あんた頑張りなさいよ」

私は曖昧に答えた。S村先生は少し口元をゆがめて笑った。さも、そんな程度でいいのかと言いたげだったが、母には充分な朗報だった
…と言うのも姉は都内の私立高校だったため、とても学費が高く家計はピンチの連続らしかった

母「先生、よろしくお願いいたします」

私は多少の親孝行になるんなら工業高校を目指そうと思った

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

この頃にはクラスメートの友達も増えていた。お互いの家に行き来したりして、我が家にもよくいろんなヤツが遊びに来た
その中にある女子がいた。その女子は水川あさみ風の清楚でおしとやかな美人で男子にもウケが良かった。彼女を仮に水川と呼ぶことにする

水川はS谷が居るときに限って参加するようだった。S谷は濃い眉毛とまつ毛が良く似合う、キリッとした二重まぶたが印象的なイケメンだった

水川「ちょっと誰~?7止めてんの~」
S谷「さぁ誰でしょう?」
私「お前かっ!」

…などと言い他愛もないトランプに興じることが多かった
私は水川に密かに思いを寄せたが、S谷をはじめとした多々いるイケメンにはとてもかなわない。ランクで言うとこんな感じか

イケメンランク表

私はいいとこDランクだろう(と思いたい)
私はほのかに灯った小さな思いを心の奥に深く沈めて一人で勝手に失恋モードに入ることにした

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

中2のクラス替えでは水川とは別々のクラスだったが、3年になって再び同じクラスになった。清楚でおしとやかな水川は立派なスケバンになり果てていた。くるぶしまであるスカート、所どころ脱色したような髪、学生カバンはバスに轢かれたのかと思うくらい極薄だった
(※この頃は微妙にお嬢とも近しい関係にあったが、お嬢のことは別途述べたい)

スケバン水川「あっ懐かしいヤツみっけ!」

極薄カバンを見ていた私は目が合ってしまった

私「おっ、おぅ…」
水川「何見てたの?」
私「カバン、薄くね~?教科書入んのか?それ」
水川「教科書?久しく見てねーわ、ここには鉄板はいってんの!」

水川は口調もうって変わってスケバンだった

私「なんでそんなん入れてんの、重くね?」
水川「カコチミされたらコイツで返り討ちってこと」

彼女のスケバンぶりは本物だった

水川「それよりさ~、今日遊び行っていい?」
私「え?ウチ?」
水川「そっ、ねぇ~いいじゃ~ん、ね?」

最後の「ね?」が2年前の清楚な頃の水川と被ってついつい「うん」と言ってしまった

 

このあと私は後悔する

 

ウチは夜にならないと誰も帰ってこない。母は仕事、姉もバイトだからだ。それは2年前と何も変わらない。水川の狙いはココにあった

放課後、水川は2人のスケバン仲間を連れて来た。開口一番こう言った

水川「灰皿お願い」

えっ?と思った瞬間、3人ともタバコに火をつけていた。

水川「(可愛く)コーヒーとかある?」
私「うん、あるけど」

私はまず灰皿を出した。ウチは煙草を吸う人はいないが、愛煙家の宗教のお偉いオッサンがちょくちょく来るので用意はあった。しかし、頼み事のときだけ一瞬可愛く見えて騙される私のクセは治らないようだ

私はコーヒーを3人に出した

スケバンA「あっ、美味しい!」
スケバンB「本当だ~、美味しい!」
水川「え?なにこれ何かちがうの?」

 

ジャーン!ブルマン 100

 

これはただのコーヒーではない。100%のブルーマウンテン豆をミルで挽いたものだ。これが格別にうまい。そんじょそこらの喫茶店は絶対に太刀打ちできないうまさだ
なんせ、ブルマンの豆は他の豆と比べて倍以上の値段がした。だから、普通はブレンドで少し配合する感じで買っていく人が多いが、ウチの母は家計の苦しいさなか、コーヒー豆だけはブルマンだと言って譲らなかったのだ

 

--ブルーマウンテン --
ジャマイカにあるブルーマウンテン山脈の標高800から1,200 mの限られた地域で栽培されるコーヒー豆のブランドである。
ブルーマウンテンの特徴として、香りが非常に高く、繊細な味であることが挙げられる。香りが高いため、他の香りが弱い豆とブレンドされることが多い。
限られた地域でしか栽培されないため、収穫量が極めて少なく、高価な豆としても知られている。豆の品種は、他のジャマイカ産の豆と同じ物であるが、過酷な環境により栽培され、厳密な検査により選別された結果、繊細な味を実現している。ジャマイカから輸出する際、他のコーヒー豆なら麻袋等に入れるところ、ブルーマウンテンに限り木の樽で出荷される。
ブルーマウンテン

 

私「…ってわけでさ、旨いにきまってんじゃん」

私は鼻高々に説明したあと、しまったと思った。こいつらが味を占めることを恐れたのだ

案の定、ウチは喫茶店としてしばらく利用され続けた


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秋からは高校受検のために先生役として偏差値の極めて低いクラスメートに勉強を教えていた(『(第5話)俺が先生?地獄のほふく前進』参照)関係もあり、ほとんど誰とも遊べなかったし、アホの勉強相手で本当に忙しかった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


年が明けた元日の夕方、電話が鳴った

母「お前に電話だよ、水川さんだって」

え?何だろうと思った。しばらく遊んでもいないし共通の話題も覚えがなかった

私「もしもし、俺だけど」
水川「…あっ突然ごめんね、あのさぁ…」
私「うん」
水川「…ホント悪いんだけどさぁ…」
私「何?どうした?」
水川「…あのさ、5万円都合つかない?」
私「えー?なんで?」
水川「うん、…ごめん、理由は訊かないで欲しい…」
私「うっうん、わかった!」

私は少なからず動揺した。理由が言えないけど5万必要?私が中1の頃に淡い思いを抱いていた水川が何やらよからん状況らしい…

水川「それでさ、親にも言えないからさ、頼むとこなくてさ…」

私「わかるよ…」
水川「だからさ、悪いんだけどさ…」
私「あっうん、…わかったちょっとなんとかしてみるよ」
水川「ホント?助かる!ありがとう、明日電話くれる?」
私「うん」

電話を切って私は後悔した。なんという安請け合いをしてしまったかと。だが、あまりにも苦しそうな水川の声を聴くと、とてもむげには電話を切れなかった。きっと私に電話するのも、事情を説明するのも大変な勇気がいったに違いない。私はとにかく何とかしてやりたいと考えあぐねた

私はお笑い番組を見てゲタゲタと品なく笑う母と姉を見てシミュレーションしてみた

 

パターン1.理由を言わずに5万貸してくれと言ってみる説

母「5万円?いったい何に使うの?大金じゃないの!まだ中学生でしょ、何に使うの!」
姉「5万つったらあたしのバイトより多いじゃん、ふざけんな」

ってなるよなー。んーダメだなー。これは

 

パターン2.正直に全部話してみる説

母「なんで理由もわからず無関係なあんたが都合するの?こういうことは親御さんに任せておきなさい」
姉「5万つったらあたしのバイトより多いじゃん、ふざけんな」

ってなるよなー。んーこれもダメだなー。最後の手段か…

 

パターン3.バット振ったら飛んでって車にあたった説

母「ひゃぁー、すぐに謝りに行くわよ!このバカバカ!何してくれてんの!」
姉「それ5万じゃきかねーだろ、あたしも行く」

…ブルブルッ、1番ダメだわこれが…。ん~どうすっかな~
秋からの勉強会があったため、新聞配達やビル掃除のバイトは中断していた関係で、まったく金がなかった 水川はたぶんお年玉をあてにしたのかも知れないが、我が家にはそんなものはなかった

私「電話しないとなー」

悩みながらも母にも姉にも何も切り出せず正月は明けた
私はついに水川に電話できなかった。いや、しなかったが正しい


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


3学期が始まった。教室でみる水川は以前と変わらず楽しそうに笑っていた
特に問題はなさそうに見える。あの相談は何だったのか、不思議に思った

私「ひよっとして担がれたのかな?あっそれとも新手のカツアゲ?」
私「いや、そんなはずないよなー、それなら裏番連れてきて金出せってのが早いじゃんなー」

一人でブツブツ言いながら答えが出せずにいたが、直接訊くわけにも行かなかった。電話しなかったからだ。 私はなるべく水川と眼をあわせないようにした


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


中学の卒業式もとっくに済んだある秋の日、工業高校からの帰り道、蒲田駅の改札を過ぎると見覚えのある子がこっちを見ていた。走り寄ってくる。水川だった

水川「珍しい人見つけちゃったなー、サ店行こ、サ店」
私「お、おぅ…見違えちゃったじゃん、やめたの?ヤンキー」
水川「別にそんな好きでやってなかったし、あたしの高校、私立だからチョー身なりうるさいし…」

私は困った。この間の件、どうやって謝ろうか、切り出そうかと思った
とりあえず近くの喫茶店に入った

コーヒーを2つ頼むと、水川は早速タバコに火をつけてふっーと煙をくゆらせた

水川「ね、彼女出来た?彼女!」
私「え?いやそんなの無理だよ、いませんってば」
水川「紹介しよっか?いい子いるんだ一人、二子玉の子」

 

二子玉川は、東京都世田谷区の地区である。主に東急電鉄二子玉川駅周辺を指す。略称は二子玉、二子。 世田谷区の玉川と、多摩川を挟んで隣接している神奈川県川崎市高津区の二子を組み合わせた地名であり、二子玉川という行政上の地名は存在しない。

話が変な方向に飛んでいった。私はあの話題から話をそらし続けたい思いもあって、その話に乗ることにした

私「マジか!でもなー、ルックス的に俺はムリじゃね?」
水川「男のクセにうぜーこと言うなよ、決まりね?連絡するから」

こうしてあの話題はお互いに避け続けてその日は別れた
※二子玉の子の話は長くなるので次のブログで述べたい


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


あれから10年、小さなクラス会があると言うので参加した

蒲田駅の東口の交番前に集まった7~8人の懐かしいメンバーの中に水川はいた
水川はますます綺麗になっていた。あの頃のヤンキー姿が嘘のようにパンツスーツが良く似合っていた。結婚して既に子供もいるらしい

宴会が始まって暫くすると私はタバコを買いに外に出た。後からS藤がついてきて一緒にタバコを買いに行くという
(※私は立派な愛煙家になっていた。生意気にもKOOLを好んでのんだ)

S藤は中学を卒業後は進学はせずに鮮魚店に勤めたはずだったが、道すがら訊いて見ると現在は個人で運送業をやっていると話した
するとS藤がおもむろに言い出した

S藤「俺よ、お前のこと嫌いだったんだよな」

びっくりした。え?今このタイミングで言う?そうだったとしてもさ、25才も過ぎて今さらかよと思った

私「え?そうだったんだ。ちなみにどこが嫌だった?」
S藤「なんつーかよ、テニス部なんか入ってチャラチャラしてよ、いけ好かなかったよ」
私「…ふーん、けど、テニス部はY尋に入れって言われて入ったんだけどな?」
(※Y尋は中3の担任。ここの経緯は(『(第5話)俺が先生?地獄のほふく前進』参照))

S藤「そんなん知らねーよ、いけ好かねーもんは、いけ好かねー」
私「…」

居酒屋までの帰り道は二人とも無言になった
S藤は居酒屋の近くまで来ると走って中に入ってしまった

私「えー?なにこれ。ただ単に嫌いです宣言?10年以上経つのに?勝手に恨んでます宣言?何も恨まれることしてないのに?」と独り言を言いいながら、ふと思った

過去、友人に裏切られたことが幾つかあった。これはきっとS藤の言うように私に『いけ好かねー』何かがあるんだと思い直した
※友人に裏切られた話はそのうち述べたい


二次会も済んでお開きになった駅までの帰り道、水川と歩いた

水川「実はさ、あたしも一瞬だけテニス部にいたの知ってた?」
私「えぇー?知らなかったー、いたっけー?」
水川「体験入部だったから、すぐ辞めちゃったけどさ」

その後、最近仕事はどう?的な会話をしていたら急に改まって訊いてきた

水川「あの時さ、何で電話くれなかったの?3年の正月さ。待ってたんだよ、ずっと…」

私は心臓が飛び出るほどの動悸に襲われた
そうか、やっぱり待ってたんだ。私は正直にすべて話した
・我が家にはお年玉の余裕がないこと
・しばらくバイトしてなかったこと
・どうしても母と姉に相談できなかったこと

水川「でも電話はできるじゃん」
私「だよな、ごめん、本当にごめん心から謝ります」

私はその場で腰を曲げて謝罪した

水川「止めてよ、みんな見るじゃん」
私「本当にごめん」
水川「いいよもう。でも、あの後大変だったよ」

そうか、やっぱり何か大変だったんだな…。でも何があったかは聞くのが怖かった

私「…」
水川「そんな大げさにいいってもう、気にしないで。ちょっと訊いてみたかっただけ。今は4人の子持ち主婦だからさ」
私「そっか、もう大家族お母さんなんだな」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私の当時のアパートは埼玉の南浦和駅近くにあった。駅に着く頃には深夜0時を回っていた
60分近く電車に揺られて降りた頃には酔いも覚めつつあった
私はまだやっている居酒屋にひとりで入ると冷や酒を頼んだ

「待ってたんだよ、ずっと…」の言葉が重かった
あの頃はわからなかったことが今ならなんとなくわかる気がする

元旦に電話してきて金を貸して欲しいと懇願する中学3年の女の子…。かなり切迫した様子だった…。親にも相談できないことと言ったら…


嫌やめよう。今更何があったか詮索してもしょうがない、私は結局、約束した大切な電話をすっぽかした『いけ好かねーヤロー』でしかない

それにしても高1の秋、蒲田駅で私を見かけた時、水川は電話を返してくれなかった私を許して声をかけてくれたのか…
私は熱燗をもう一本注文すると、この苦い経験を封じることにした…


(…次回『(第9話)初体験?彼女とお泊まり大晦日 』に続く)

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(第7話)男子ダメ?ポケットティッシュ

よくみかけるポケットティッシュ

小学校5年生の春、母と姉との3人で蒲田のアパートに暮らしていた

ある朝、私は遠足の支度をしていた
母が一応、ティッシュも持って行けというので見回したが見つからない

私「あー、時間ない、ポケットティッシュどこだっけ?」
姉「男だろ、いらねーよ」

私は「あっ」と言うとトイレに入り、ゴソゴソと探し回るとポケットティッシュを見つけた
私は手に持ったティッシュをサタデーナイトフィーバーのように片手で高く掲げて叫んだ

私「あったーー!」

(映画)サタデーナイト・フィーバー ジョン・トラボルタ


姉「ゲーーッ!!いいよ、いいよ、それ持ってけ!持ってけ!」
母「お前それはダメだってー」
姉「いいよ、いいよ、それな先生に見せろよ、担任女だろ?ギャハハー」
母「止めなさいよ、けしかけないで!」

私は何のことかさっぱりだ

母「それは女の子が使うもんだよ」
姉「あー腹いてー。勘弁しろよお前、それナプキンだかんな」
母「そんなこと言ってもわからんでしょ?」

兎にも角にも男子が持っていてはいけないのだろう事はわかった
母はビニール袋に箱のティッシュを何枚か入れて言った

母「これ持って行きな」

私は急ぎ学校まで走るとバスに乗り込んだ
ふと姉のバカ笑いが脳裏をよぎった。あいつは許せない、あんなに笑うことねーじゃんと思った


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


行きのバスの中、私はどうしても「ナプキン」なるものの正体が知りたくなった
女子が使う物だと言ってた。それだと男子に訊いてもわからないだろう
だが、女子にいきなり訊くのも躊躇した

目的地がどこだったか覚えていないが、ハイキングができる場所だったように思う
私は歩いていた二人の女子に思い切って訊いてみた

私「ねー、ちょっといい?」
女子A「なに?」
女子B「ん?」

 

私「…あのさぁ、ナプキンて何?」

 

女子A「…!」
女子B「え?本気できいてんの?」
私「えっ?」
女子A「バッカじゃないの…」
女子B「もう行こっ」

私「あーっ…」

2人は行ってしまった。時折こちらを振り返り怪訝そうな表情でコソコソ喋っている

私「何か…、ヤバくねこれ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


帰りのバスの中、私は先ほどの2人が気になった
やはりコソコソ私のほうを見ては怪訝そうな顔をしている
するともう1人、コソコソ話に参加している女子がいる。私はあっと思った

隣の席のU田女子だ
これはまずいことになったと確信した

 

どうやら面倒なことになりそうだ!

 

U田女子は才女だ。成績は常に学年トップを争う成績で、しかも弁がたつ
…というのもこんなことがあったからだ

音楽の授業中、U田女子は手を挙げてO崎先生にこう言った

U田女子「先生の授業には問題があります。進め方を変えてください」

そうすると他の女子達もそうだ、そうだと続いた
私にはいったい何が問題なのかまったくわからなかったし、結局O崎先生にどうして欲しいのかもわからなかった
そして次の授業もその次の授業も同じように…

U田女子「先生の授業には問題があります。進め方を変えてください」

…と繰り返すのだった

数回、生徒達とO崎先生による放課後の話し合いがもたれた。私は興味も無くその話し合いには初回しかでなかった。結局、O崎先生が折れた恰好で決着したようだった。

小学5年生でこの交渉力と粘り、仲間を束ねる統率力はなかなか持てないものだ
私は恐ろしいなと感じるとともに、なるべくU田女子には関わらないようにしようと思った

だが、私にはO崎先生がそんなに悪い先生とは思えなかった

ある日の放課後、私の班は音楽室の掃除の当番だった
班のメンバーはジャンケンで負けた一人が掃除をして、あとは帰ろーよと提案してきた
私たちは全員、その提案に乗った

全員「ジャンケンポン!」私の一人負けだった。

しぶしぶ掃除をしているとO崎先生が入ってきた

O崎先生「偉いねー、一人で掃除してるのかい?ちょっとおいで」

先生について行くとお菓子をたくさんくれた

O崎先生「まじめに掃除して偉いぞー」

私は最後までジャンケンで負けただけだとは言えなかった
頭を下げてお礼を言い、最後まで掃除をして帰宅した

私にはこの思い出があったので、O崎先生が悪い授業をしているとはとても思えなかった


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どうも最近、女子の目が厳しいように思う
私のことをいかがわしいものを見ているような目つきだ
だが、どうすることも出来ない。時が過ぎて忘れてくれるのを待つのみだ

訳知りの男子に訊いてみると、どうやらナプキンは生理というときに使う物らしいことがわかった。わかってみると女子に訊くのはまずかったと痛感した。訳知りの男子は笑い転げた

訳知りの男子「強ぇーー、お前強ぇーわ、そこ訊くぅー?」

私は姉の次に始末するのはコイツしかいないと思った


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある日、着席してみるとどうも隣のU田女子との席が若干前より離れている気がした
きっと軽蔑したU田女子が席を離したのだろう

日頃から私はU田女子から蔑むような眼で見られていたように思う
私と言えば休み時間にドッヂボールばかりして泥だらけだったし、少年漫画で流行っていた『トイレット博士』メタクソ団の「七年殺し」カンチョーを友人に決めて喜んでいる有様だった

 

--トイレット博士--

トイレット博士』(トイレットはかせ)は、とりいかずよしにより1969年に読み切り版を1970年から1977年まで『週刊少年ジャンプ』(集英社)誌上に連載されたギャグ漫画作品。 代表的な必殺技は「七年殺し」。相手の肛門に両手を入れ中で指で7を表現、七年後の命の保障がないという技。

 

当然と言えば当然か

授業が始まり筆箱を開けると何やら見覚えのある物体が眼に飛び込んできた

 

ナプキンだ!くっそーあのヤロー

 

こんなことするのは姉以外にいない。私は慌てて筆箱を閉じるとそっと隣のU田女子を見た。目が合った

私「いや、違うからこれ…」

U田女子は指を口元に持って行くと「シーっ」という仕草をした


そしてノートに何か書くと私に見せた

 

 

 

 

 

 

 

違う違うと必死に手を横に振る私を一瞥すると、彼女は背中を向けて頬杖をつきノートを閉じた


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私は帰宅するなり姉にドロップキックをお見舞いした。負けじと姉は私の首にチョークを決めたあと、 そのまま首投げし、私の上に覆い被されると両方のほっぺたを強くつねり始めた

姉「こないだの恨み、思い知ったか!」
私「ホントのことだろー!」

姉は同級生のヤンキー兄さん達に私がバラした数々の恥ずかしい話のことを言っていた
そのときを再現するとこうだ…

ヤンキーA「お前さ、T子の弟?前一緒に駅前にいたろ」
私「はい、そうです」
ヤンキーB「お、そういえば似てんな」
ヤンキーC「お姉ちゃん、やさしい?」
私「いいえ、ぜんぜん優しくないです、毎朝僕の分までパン食っちゃうし」
ヤンキーA「マジか?あいつ何枚食うの?」
私「何枚っていうか、1斤全部食べちゃうから」
ヤンキーA「スゲーなそれ、いただいた」
ヤンキーB「おもしれー、他には?」
私「オナラばっかしてて、手で掴んで鼻に押しつけてくるからイヤだ」
ヤンキーC「出た!スクープネタ、これは使える」

こんな感じだった。今考えると、そら怒るよなと思う。また悪いことに、そのなかに姉が密かに思う男がいたらしいことを後から姉の友人に聞いた


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


次の日、教室に入り着席すると、例によってU田女子は背中を見せて頬杖をついていた。
ホームルームが終わり担任が席を立つとU田女子も席を立った
私を一瞥すると彼女は担任にこう宣言した

 

U田女子「先生、提案があります。席替えをしてください」

 

ほどなくして席替えが行われたことは言うまでもない
予想通り私とU田女子の席は最も遠い席となった

私はまぁいいと思った。U田女子が隣だと息が詰まる。返ってこのほうがいいじゃん

私が着席すると、机を移動する音が両脇から聞こえた
私の左右に座る女子生徒が私から離れようとしているのだった
遠くからU田女子の視線を感じた。見るとニコッと笑った

初めて見るあの子の笑顔に寒気を感じるのだった…

 

(…次回『(第8話)約束シカト?中1初恋5万円 』に続く)

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(第6話)宇宙服?家じゅう真っ白、粉だらけ

半田市・防護服を着用して活動する救急隊。 当ブログの内容とは関係ありません。

前回のブログで触れたので母が赤痢に罹った件について話そうと思う
⇒『6畳2間?2万6千円』
ある日、私がバイトから帰ってくると近所に住む友人とすれ違った
するとそいつが振り向いて言った

友人「なんかお前ん家のほうで白い服着た人が粉みたいなの撒いてたぞ」

なんだそれ?という気持ちでアパートの前まで来ると白い宇宙服のようなものを着た人が2~3人いた。彼らは家の中や外にまで白い粉のようなものを手に持った器械で噴霧していた

見たこともない光景にボケッとしていると一人近づいてきたv
防護服の人「君、この家の子?」
私「…そうです」

防護服の人達は全員私を見た

 

防護服の人「君ね、すぐに病院で検査するから」

 

土足で入つた家の中をさんざん粉をまき散らした後、私は強制連行のように病院に連れていかれ、何かの検査を受けた

訊くと母は赤痢に罹っていて重い法定伝染病だという
そういえば何日か前から下痢が続いていると言っていた
医者は私も当然かかっている前提で最新の注意をはらって検査したが、なんと私は罹っていないことが分かった

医者「君、おかあさんの作ったご飯を食べてたんだろ?」
私「あ、そうです。」
医者「奇跡じゃないか」
看護婦「本当ですね…」

私はここで運を使い果たしたのかもしれない
何はともあれ、母に会いに行くとガラス越しに力なく手を振る母が哀れだった
どうも羽田空港の清掃の仕事の最中に素手で触ったものに細菌がついていたのではないかということだった

私「何日で退院できるんですか?」
医者「何日?いやいや少なくとも2~3週間か、もっとかかることもあるよ。お母さんは症状が重いから」

 

うっそーーーん!飯とか洗濯とかやべーって!!

 

こうなると姉に頼らざるをえない
そそくさと姉に電話して窮状を訴えた

姉「マジかー?病院どこ?」

当然母の心配が先だったが、私はこれからの生活について切々と訴えた

姉「うーん、考えとくわ」

翌日、姉からこっちでアパート借りるから荷物をまとめておけと言う。姉の家は神奈川県の弘明寺駅だから蒲田からはだいぶ遠い

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

義兄の車でアパートに着いた。私の部屋は1Kで2階の角だった
キッチンの窓からは見晴らしも良く、遠くには大岡川が見えた

姉「ダチ連れ込んで騒ぐんじゃねぇぞ」
私「こんなとこまで来るヤツいねってば」

そして私の地獄の通学が始まった。高校は都内の港区だから90分もかかるのだ
だが、そんなことが吹き飛ぶくらい大変なことに気がついた
通学定期とはいえあまりにも定期代が高いのだ

今までは蒲田から乗って6ヶ月で数千円くらいだったが、京浜急行弘明寺駅からだと2万円以上かかった
私が月にもらう生活費ではとても足りない
しかし、母も姉もカツカツのなか、足りないとはとても言えない

私は「どうしよう!」と思った

私は一晩考えた
通学定期を高校の最寄駅から都営線三田駅まで買い、京急井土ヶ谷駅から弘明寺駅までのひと駅は通勤定期を買うという分割作戦だ
これだと定期代を1/4くらいに押さえることが出来た
この方法はSuicaのような電子定期券になった今では出来ない作戦だ。もちろん、違法であり悪いことだと知っていた。だが、生きていくためにはこれしかないと思った

翌日、腹をくくって定期券を買いに行った

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

京急駅員「はいどうぞ」
私「あ、はい」

なんということは無い
普通に通勤定期で隣の井土ヶ谷まで買っただけだ。
問題は京急から直通で乗り入れる都営線

私「御成門から三田駅までください」
都営駅員「学生証を見せて」
私「あ、はい」
都営駅員「ん?住所は蒲田だね」
私「あ、まだ住所変更の学校の手続きが済んでいなくて。すいません」
都営駅員「しょうが無いな、早く済ませてね」
私「はい、ありがとうございます」

私は買えた喜びに胸が躍った。これで当面は通学できる。
半年あれば、さすがに母も退院して仕事にも復帰しているだろう
私は安堵感に浸った

しかし、それは束の間の安堵感だと後に知った


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある日の放課後、高校を出るとばったりテニス部のT川とすれ違った。T川はダブルスを組む後衛の選手だ。

T川「最近部活来ねーじゃんよ」
私「わりぃ、お袋が赤痢になってよぉ、大変なんだよー」

少し事情を話すとT川はわかってくれた

T川「でも、次の大会には必ず出てくれよな」
私「わかった!必ずな」


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退院が近づいた頃、母が信仰している宗教のお偉いさんが母の見舞いに来たらしい
ガラス越しに母の病状を見て、いたく心配されたらしく一計を案じてくれたと聞いた
ようやく面会謝絶の措置も終わり、会って話すことができるようになったある日、宗教のお偉いさんがまた面会にきた

宗教のお偉いさん「恢復されて何よりです。今日はお話があってやってきました」

話の内容を掻い摘まんで言うとこうだ
公団住宅に申込んだ
・抽選だけどあたるから大丈夫
・XX先生に相談してある

このXX先生というのは政治家だという
今となってはこのXX先生が誰だったのかはわからない
私はもの心つく頃から両親が宗教に入っており、とても嫌だったし、私自身はこれまで一度たりとも宗教に入ったことはない。

ほどなくして今回はなぜか公団に当たったと連絡が来た
いや「なぜ」かはわかっている。XX先生の力だろう

公団住宅は初期費用も更新料もないことに加え、家賃が安いことが魅力だ
母は以前から公団住宅に申し込んでいたが、いつも抽選から外れていたから飛び切り喜んだ
そして、いたく感謝した母は生涯にわたり信仰を続けることになった

私「へぇー、公団に住めるのか。引っ越しいつ頃かな?」
姉「お前は当分ココ」
私「え?」
姉「公団な、1DKだってよ」
私「え?狭くね?なんでよ」
姉「公団の申込みな、人づてで事務員がやってな、1DKで申し込んだんだと」
私「えーーー?酷くねーーーー!!」
姉「諦めな、お母ちゃん、もうサインしたしな」

私はアパートへの帰り道、しょぼくれて歩いた
母にとっては憧れの公団住まい、というより魅力的な低家賃が息子と暮らす生活にまさったのだろう
私は打ちひしがれた。長い通勤時間がまた続くかと思うと寒気がした
そして「あっ」と思った

 

私「やばい、次の定期券どうしよう」

 

そう、またやってくる定期券の問題が頭をもたげた


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そして、その日はやって来た

私「御成門から三田駅までください」
都営駅員「学生証を見せて」
私「あ、はい」
都営駅員「ん?住所は蒲田だね」
私「あ、まだ学校の住所変更の手続きが済んでいなくて。すいません」

都営駅員は怪しんだ。そう、前回と同じ駅員だ。訝しんでいる
だが、私は対策をしていた。私の通う工業高校は制服がなく私服による通学がOKだ
だから前回は私服で定期を購入していた。今回はわざわざ詰襟学生服を着込んでいた

都営駅員「もしかして2回目かな?」
私「いえ、初めてです」
都営駅員「…」

私を見つめる眼は「いや、2回目だよね?」と言っている
私は目をそらさずに見つめ返した

私「…」
都営駅員「…、そう。早く住所変更してね」
私「はい、わかりました」

よしっ、これで何とか卒業まではこぎ着けた
安堵すると、ぶぁっと汗が噴き出した
一気に体の力が抜けるのを感じた


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その後、高校生活は順調に続いた

通学は遠いし、通学帰りのレストランポルカ『男泣き?Y崎先輩』参照 )でのバイトもありと忙しい毎日だった
そんななか、私はT川との約束を守るべくテニス部に復帰した

中学では、N坂とダブルスのコンビを組んで私は前衛、N坂は後衛を担当していた
テニスは中学の頃から続けていた( 『俺が先生?地獄のほふく前進』参照)

N坂は都内の私立高校でテニス部に所属しており、次の公式戦で勝ち進めば対戦できる可能性があることを知った
そうはいっても、ふだん全然練習も足りてないし、そんなことは無いだろうと思っていた

そんなことをT川に話した

 

T川「マジか、じゃー勝ち上がって対戦してやろうぜ」
私「いやー、無理だろー、2回戦で巣鴨だからな」

当時、巣鴨高校はテニスでは全国大会の常連で、雲の上の選手を大勢抱えていた

T川「ちょっとバイト減らせよ、やるだけやろーぜ」

バイトを減らすことは出来ない事情があると言うと、土日でバイトのない日に練習しようと言う
その熱意に打たれて、私は休日のたびに長時間電車に揺られながら高校のテニスコートに通った
朝から夕方まで、二人っきりの練習は続いた


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T川「いよいよだな…」
私「あぁ」

試合会場は巣鴨高校だった
私たちの第1試合が始まった

順調に得点を重ねていき、特にこの日は前衛の私のボレーがよく決まった
最後はT川のスマッシュで試合に勝った
次はいよいよ巣鴨

私たちの第2試合が始まった
案の定、巣鴨選手のレベルは高く足下にも及ばなかった
巣鴨のサーブは鋭く早い。コーナーぎりぎりにサービスエースを決められた
さらに、こちらがサーブをすればリターンエースをちょくちょく決められた
なんと私たちはまったく得点できないのだった

それでも私はふと思った。巣鴨の後衛のリターンは決まったコースによく飛んでくることを
私はボールの軌道に立ちふさがりボレーを決めた!

…っと思った瞬間、巣鴨の後衛がその球を打ちし、T川は拾うことが出来なかった
最後まで私たちはまったく得点できないまま試合は終わった


巣鴨からの帰り道私はT川に訊いてみた
私「前衛と後衛、交代してやってみないか?」
T川「…」

T川は何も言わなかった
無言のまま、その日は帰路についた


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次のテニス部の練習に行った
T川の姿が見えない。いつもは真っ先にコートの準備をしているのに今日は遅いなと思った
私は後輩に訊いてみた

私「おい、T川まだか?」
後輩「いえ、わかりません。今日は見てないです」

私はT川の教室に行って見た。T川とはクラスが別だった
教室に残っていた生徒に訊いてみた

私「あ、ごめん、T川知らない?」
生徒「T川?あいつずっと欠席してるよ」
私「え?いつから?」
生徒「3年になって少ししてからかな。けど、その前から学校来ても屋上でRCとか聞いていつもサボってたぜ」

 

-- トランジスタ・ラジオ -- T川はいつもRCサクセショントランジスタ・ラジオを聞いていたらしい。歌詞はこうだ ・Woo授業をサボッて ・陽のあたる場所にいたんだよ ・寝転んでたのさ 屋上で ・たばこのけむり とても青くて…( RCサクセション

私「えぇー、そのなの」
生徒「あぁ、サボってんなら学校何しに来てんだって訊いたら、テニスっつってたぜ」
私「えっ、マジで??」
生徒「最近はもっとひでーよ、そもそも放課後、テニスだけやりに来てたぜ、笑っちゃうよな、変なヤツ」

私は雷に打たれたように机に手を付いた。T川はテニスだけをやりに学校に来ていた。それほどテニスが好きで私とダブルスを組んで試合に臨んでいたのだ
私は強い後悔に苛まされた

 

私「何であんなこと言っちゃったんだろう」

 

それ以来、T川はテニス部にも学校にも来なくなってしまった

「前衛と後衛、交代してやってみないか?」と言われたことが、よほどショックだったに違いない。そもそも二人とも実力が足りないのであって前衛と後衛を交代したところで結果は変わらなかったはずだ。それを私は、さもT川に責任があるような言い方をした

私は激しく後悔した

3年生のテニス部員が自分しかいなくなったことよりも、心底わかり合えていると思っていた自分が情けなく、莫逆の友にはほど遠い関係に為ってしまったことを心から悔やんだ

 

--莫逆の交わり--

荘子』の大宗師篇に由来する。子祀(しし)と子与(しよ)と子犂(しり)と子来(しき)の四人が話し合った。 「無を頭とし、生を背とし、死を尻とすることのできるような者はいないだろうか。つまり、死生、存亡(有無)、が一体であることを知っているようなものはいないだろうか。そういう者と友だちになりたいものだ」
四人は顔を見合わせて笑った。そして何のわだかまりもなく、その場で友だちになった

<四人相(あい)視(み)て笑う。心に逆らうこと莫(な)く、遂に相(あい)与(とも)に友と為る>

駒田信二『中国故事 はなしの話』P116

 

(…次回『(第7話)男子ダメ?ポケットティッシュ 』に続く)

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(第5話)俺が先生?地獄のほふく前進

勉強する中学生

今回は印象深い中学校の先生の話をしよう
まずは私の姉の中学の担任だ

その日、姉は初めてセーラー服を着、嬉々として登校した
入学式を終えて教室に着き、しばらく新入生の生徒たちとおしゃべりしていると、ガラッと戸が開いた
見ると大柄で体格のいいスキンベッドの男性教師が入ってきた

先生は机に両手をつき、鋭い眼光で教室を見回した

誰一人おしゃべりするものはいなくなり教室は静まり返った
生徒全員が先生に注目した

ほどなくして先生は黒板に向かって何か書き始めた
先生の体は大きく背中越しには何を書いているか見えない

そして書き終わると体をずらし、黒板をチョークで指差しこう言った

先生「何の因果か知らないが、俺の名前は『つるた てるお』だ」
黒板にはこう書かれていた

 

『鶴田照夫』

 

全生徒は大爆笑!!

これは後で他の先生に聞いたらしいのだが、鶴田先生は毎年このツカミで笑いを取っているらしい
どうやら自分の体躯やスキンへヘッドが生徒を怖がらせ、委縮させてしまうことに悩んだ挙句、このような自己紹介に辿り着いたようだ

鶴田先生おそるべし!!

 

私の中学の担任のY尋先生も負けず劣らず印象メーターを振り切った人だった
(※この先生の事は裏で生徒は呼び捨てだったので、以降呼び捨てにする)

 

ひとつ目のエピソードはこうだ
ある年の卒業式後の夕暮れ、Y尋が帰ろうと校門を出ると卒業生が7~8人集まっていた。俗に言う、お礼参りだ。ところがY尋はすべてを返り討ちにしたそうだ。とても信じられないが、これは伝説として生徒の間で語り継がれていた

 

ふたつ目のエピソードはこうだ
ある日、不良で鳴らした卒業生のあるヤンキーがY尋に泣きついてきた。同じクラスだった子がキャバレーで働かされ、家に帰してもらえないというのだ
普通は警察案件でしょ?と思うがY尋は白いスーツに着替えると単身ヤクザの事務所に乗り込んでその子を取り返して来たという
これも伝説になっている

 

Y尋はよく生徒をビンタする先生だった。いや、私だけでなく多くの生徒がビンタをくらった
殴られた理由は忘れたが、大体はこっちに非がある
掃除当番をさぼったとかだ。そう、理由なくビンタするわけではない
そして不良たちが髪を染めてくると速攻でバリカン攻撃を食らわせていた

私が悪いにしても遠慮なくビンタする先生に何か仕返しが出来ないかと考えた
前回、私は五目並べの腕を鍛えた話をした。私はこれが使えないかと思案していた
ある日、当時親友だったN坂がテニス部に入ったと言う。お前も一緒にやろうと誘ってきた。聞けばY尋から誘われてそうしたと言う
私は一計を案じた

 

当時、「エースをねらえ」という少女漫画がアニメになり、ひときわテニス部は女子に人気があり全学年あわせると40名以上いた。一方、男子にはまったく人気がなく、わずか数名だ
Y尋は顧問として男子を底上げする必要に迫られているに違いない
私は職員室に向かった

私「先生、N坂のこと部に誘いました?」
Y尋「おう、誘った誘った、お前もどうだ?」
私「いいですけど、五目並べて俺が勝ったらラーメン奢ってください」
Y尋「あー?なんだそれ?お前が負けたら入るんだろーな?」
私「男の約束です」

勝負は始まった。観戦役としてH野女子とN坂も見守った
私は初戦を落としてしまった。Y尋をナメていたのだ
これはまずいと思った。気を引き締めてかかった

Y尋「なんだお前、2で止めるなよー」
私「いえ、ほっとくと負けなんで」

『2で止めるな』の意味はこうだ
五目並べは4つ連続で石を並べるか、または3つ並んだ石を2列同時に作れたら勝ちだ。3×3で「さざん」とか4X3で「しさん」とか呼んでいた

例えば、Aさんが黒の石で3×3を作ったとする。Bさんが阻止するべく片方の3を白で止めたとしても、もう一方の3の列にAさんが黒の石を繋ぐと4個黒石が並ぶ。こうなると4個の黒石のどちらの端を白石で止めたとしても、もう片方に黒石を置いて5つ黒石が並ぶためAさんが勝つということだ

だから、3×3や4X3が作られる前の2連続の段階で止めないと負けるパターンがあり、そのパターンにはまっててたら2連続で止めていたのだ

当時の私たちがやっていた五目並べはローカルルールで先手も後手も3×3と4X3が許された。このルールだと圧倒的に先手が有利だが、みんなヘボなので、この単純なルールが採用されていた

その後私が2連勝するとY尋がムキになった表情で言った

Y尋「お前はあと全部白な」
私「え?ずるくないですか?」
Y尋「うるさい、ラーメンの人数増えてるだろ、ハンデだ」

次は私の黒(先)番だったが、否応なしだった
だが、次の試合も私が優勢のまま最後まで押し切り勝ち切った

Y尋「くっそー、しょうがねーラーメン行くぞ」
H野女子「わーい、やったー」
N坂「ごっつぁんでーす!!」

私たちは近くのラーメン屋で好みのラーメンを注文し、それを平らげた
Y尋は最後に念を押すように言った

Y尋「おめーら誰にも言うなよ」

これは大事なことだった。これがばれるとクラスじゅうにラーメンを奢らなければならない
私たちは約束を守った

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

数日後、私はテニス部に入部した。親友のN坂もいるし、やっぱり入ることにしたのだ。負けたら翌日からと約束していたが、良く考えるとそれは無理な相談だった。テニスラケットを持ってなかったからだ

私は渋る母に頼み込んでテニスラケットを買ってもらった。家計が苦しいことは承知していたが、粘り倒した。だが、只ではすまさない母親はバイトして返せと言う。こうして新聞配達がのちに始まるのだが、その話はまたにする

H野女子も印象深い
当時彼女はきれいな顔立ちをしていたが、歯の矯正をガッツリ上下に入れており、それが私には少し不気味に見えた
しかし、他の男子は違っていたようで彼女は非常にモテていた。彼女のファンは多く、何人にも告白されているといううわさが立っていた。だが、彼女が誰かと付き合い始めたという噂も聞かなかった

私は放課後の部活で彼女に訊いてみた

私「H野ってさぁ、スゲーモテるらしいじゃん」
H野「えー?そんなことなーい」
私「嘘つけ、八方美人もいい加減にしねーと罰があたるぞ!」
H野「何それー、ひどーい!」

そんなやりとりがあって数年後、高校生になった私はバイトの帰り、電車の中で肩を叩かれた。振り向くとH野だった

H野「おひさ!」
私「ん、H野?、マジか、なんだスゲー、マブくなってんじゃん」

当時は可愛い子のことを『マブい』などと言った。彼女は歯の矯正がすっかり取れていた。真っ白くきれいに整った口元の歯と元々きれいな顔立ちが相まって、彼女はスーパーモデルのような飛び切りの美人になっていた

私「マジか、Cancamなみじゃんか」
H野「あんたのお世辞は信じなーい」

ひとしきり部活時代の話をたくさんしたあと、電車を降りた
駅から家に帰るまでの途中に彼女の家はあった

H野「あんとき酷いこと言ったよね?」
私「え?何だっけ?」

すっかり忘れていた

H野「お前八方美人だろって言われたもーん、酷いよー」

思い出した!なんと彼女は根に持っていたのだ。なんとか取り繕わねば

私「どっから見ても美人になってっからいいじゃーん、それこそ八方からさ、許して」
H野「調子いいぞー」

その後H野はどうしただろうか?それ以来一度もあっていない


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年が明けて3年になってもクラス替えはなく、担任はY尋のままだった。もう先生も生徒も受検モードだ
前回のK島くんの話にも書いたが、この中学の偏差値は低い

私ははなっから公立の工業高校に狙いを定めた。ほとんどALL3の自分なら合格圏内だったことと、大学に行くつもりもなく働いて金を稼ぎたかったからだ

そんな秋口、Y尋が私と何人かのクラスメートに放課後残れと言う
みんな何?なんで俺らだけ?と不思議そうな顔をしてあれこれ話していた
遅れてY尋がきた

Y尋「ちょっとお前らに頼みがある、まー聞け」

私は思った。前と後でおかしいだろ、頼むなら聞いてくれだろ
話はこうだ。お前らは合格圏内だから余裕がある、下の面倒を見るのに手を貸せという

私「下の面倒ってなんですか?」
Y尋「K藤とか、ほれ、いるだろ、そのへんのアホが」

Y尋には人権とか、人間尊重とか、そういう概念は微塵もないようだ
よく社会科の教師として受かったものだ

 

Y尋「お前ら勉強教えるの手伝え」

 

全員「えーーー??」

問答無用だった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


いくつかのグループに分かれて勉強会をすることとなった
私のグループの受け持ちはY尋に名指しされていたK藤くんだった

彼は名うてのバカだった
彼の成績表を見せられて私たちは愕然とした
バットとアヒル、1と2しかないのだ
普通、勉強はダメでも体育や図画工作とかが得意で3とか4をひとつとったりしているものだ。だが、彼にはひとつもないのだ、ひたすら1、2、1、2、だ
これは地獄のほふく前進だなと思った
1、2、1、2、だ

K藤の勉強は捗らなかった
誰かが言った
誰かA「放課後だけじゃ、ダメだこいつは。夜もやるか」
誰かB「えー、本当に?でも学校無理じゃん」
Y尋「よーし、お前らよく言った!場所は心配するな、明日からやる」

翌日
放課後の勉強が終わると移動すると言う
場所はK藤の家だった。我々は用意された握り飯をほうばりながらK藤に勉強を教えた

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前ごときが教えるのか?
・バカが教えるから捗らないのか?

そのとおりだ。あなたは正しい
本来、ALL3程度の私が教えるなどおこがましい
だがそんな心配は無用だ。数学で言うと分数から教えているのだ。もはや数学ですらない、算数だ。K藤は分数を表す上と下の数字を区切る横線と割り算のマークの÷が同じ意味であることを初めて知った。中3の秋である
また国語で言うと「その時、~は」の「その時」とはどの時か?の設問の答えに「昼時」と答えていた。時刻は聞いていない。場面を聞いているのだ
中3の秋である
読者諸君、ご納得いただけただろうか?

 

勉強会はずっと続いた
K藤一家の夕飯にバリエーションが尽きたころだったかと思う。たぶん、毎日夕飯の献立に困り果てたK藤の母親は、簡単なつまみを用意し、ビールをY尋にお酌していた
1杯2杯とぐいぐいといき、次は熱燗だ。私はグループのみんなにボソッと言った

私「あっちは進んでんな」

みんな爆笑した。するとY尋は振り向いてこう言った

Y尋「お前ら遊んでねーでちゃんとやれー」

みんな思った。遊んでんのはお前だ!

結局、K藤家はY尋にとって居酒屋になった。まったく勉強会には参加しない。私たちに任せきりだ。私は大人になってから、このような現象に名前があることを知った

『丸投げ』だ

Y尋は生徒にK藤を押し付けた

かくいうK藤くんはクラスの中では愛されキャラだったが、今考えると虐められていたとも言える。冬のストーブの上に置いた熱々のハサミを頬っぺたにくっつけられて「あつつつー」という彼の言い方がおもしろく、クラスの大爆笑を誘ったり、シャーペンの芯で突かれたりしたときも「いたたたー」と面白く言う

私もよく笑っていた。共犯だなとおもう。だが、陰湿な虐めとか、金をたかるとか、そういうことはなかった。だからいじられキャラだと当時は思っていた
今だと完全にアウトだ

K藤くんは努力に応えようとしてはいたが、結果はなかなかついてこなかった
私は聞いてみた

私「どう、やっぱしつらい?」
K藤くん「うーん、好きじゃないからな勉強。俺コックって言うか、料理人になりたいと思ってるから」
意外だった。私は高校を出たら働きたいと思っていたが、具体的な職業までは何も考えたことはなかった。K藤くんは私よりずっと先を見ていたのだ

K藤くん「けど、みんな教えてくれてるからもっとがんばるよ」
K藤くんはその後も頑張ってついてきた
頭を小突かれながらも頑張った

そして年が明けて、いよいよ受検だ
私たち先生役のグループは予定通り全員が志望校に合格した

残るはK藤だ、彼は私立を2校受検していた
1校目はすでに不合格の通知が来ていた
2校目はどうか?こっちが本命だった
私たちは教室でじっと待った
その時Y尋が飛び込むように入ってきた

 

Y尋「受かった、K藤受かった」

 

歓声があがった!みんな自分の事のように喜んだ。女子は泣いている者もいた
私も目頭が熱くなった

Y尋がみんな座れと言った

Y尋「K藤は受かった。だからもうバカにするな」

確かにそうだと思った

Y尋「それとな、お前らはK藤に感謝しろ」

何でだろうと思った。こっちが教えたのに

Y尋「『教えるは学ぶの半ば』という言葉がある。お前らは中途半端な成績の集まりだ。あのとき合格圏内にはいたが、あのままほっといたら勉強しなかっただろう。そうするとどうなるか、他校の生徒は勉強する、お前らは勉強しない、どうなったか?」

私はハッとした

Y尋「お前らは穴の空いた知識をK藤の勉強会を通じて補強できたはずだ。だから本当に感謝しなければいけないのはお前らのほうだ」

そのとおりだった
きっと勉強していなかっただろう
先生は丸投げしてたんじゃなかった、私たちに偏差値の底上げをさせていたのだ
私は先生に深く感謝した

その時教室のドアがガラッと開いた。K藤だった

K藤「・・・ありがとう」

K藤はそのまま俯いて泣き出してしまった
料理人になるんだと言ってはいたが、強がりだったと思う
みんなはK藤に感謝を伝えたが、K藤はなんのことだかわからない様子だった
私もまた少し泣いてしまった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから1年くらいたった頃だろうか
中学のクラスメートから電話がきた。なにやらY尋が引っ越しをするから手伝えと連絡がきたらしい。私は受験の恩義もあるからと参加を決めた

Y尋がどこに住んでいるか知らなかったが、なんと自由が丘だった
知らない人は知らないと思うが、当時でも目黒区の自由が丘は憧れの高級住宅街だ
おしゃれな店がいたるところにある

大田区に住んだことがない人は知らないだろうが、当時(今もかわらないと思うが)大田区は高級住宅地と一般住宅地とがあった。簡単に言うと大田区を真ん中あたりで横線を引いた上がブルジョア(資本家階級)、下がプロレタリア(労働者階級)だ

私たちの中学は最も下の方にあるプロレタリア地区だ。だからY尋が大田区を突き抜けてさらに上にあるブルジョア地区、それも憧れの自由が丘に住んでいることは驚きだった

地図を頼りにしばらく向かうと、こっちこっちと手を振る人がいる。かつてのクラスメートだった。確か4~5人だったと思う。合流して歩きながら訊くと引っ越しは同じマンションの上の階だという。業者の金をケチったなと思った。同じマンションの上下階なら高い金を業者に払わなくても教え子でいいと考えたに違いない

「Y尋」とある表札の前にY尋は立っていた

Y尋「ご苦労ご苦労、頼むぞ」

私は思った。腹立つわ。ブルジョアジーじゃん、業者雇えよと思った。一銭も使わずに教え子を労働者として搾取する根性が気にくわねぇわ
この日は無償奉仕と聞かされていた。感謝の念は一時的に置いといた

私は室内に入ってまた驚いた
奥さんも子供もいないのだ
誰かが言った

「なに俺らだけー?」

子供はともかく引っ越し作業に奥さんが居ないとかありえないんじゃないかと思ったが、とにもかくにも作業は始まった

箪笥、冷蔵庫、テレビなど重たくて大きいものは男子が担当、暇会食器類などは女子が担当した。ベッドは一度バラして運び、上で組み立て直すなど非常に手間がかかった

やがて夕暮れになり作業は完了した。みんな、へとへとだ。激しい疲労に空腹感もある。焼肉とまでは言わないが、ファミレスくらいはあるだろうと思っていた期待はむなしく散った。Y尋は上の階から冷えたビールとウィスキー、氷とポテチ、ポッキーなどの菓子類に割きイカなどのいわゆる乾きものなどを運んできた

Y尋「みんなよくやってくれた、まー飲もう」

今なら考えられないと思うが、こういう時代だった。高校生に平気で飲ませる先生は全国各地にいたはずだ。Y尋はもちろんそうだ

すきっ腹に酒がはいり酔いの周りは早かったと思う。Y尋はそうそうと言いながら転勤の話を始めた

Y尋「俺な、この春からXX中学に転勤してな」

XX中学は大田区の上のほうにある上級国民のご子息ご息女が巣くう学校だ。場違いにもY尋はそこに赴任したという

Y尋「いや初日からびっくりしたー、俺が校門を出るとズラーっと生徒が並んでこっち見るから、咄嗟にやる気かと思って身構えたらよ、揃ってこう言うんだよ『先生、さようなら』ってな。俺は感動したなー」

教え子全員「おー・・・」

一拍おいてY尋は満を持してこう言った

 

Y尋「お前らからは一回も聞いたことない!」

 

教え子は全員顔をみまわしてこう言った

教え子全員「確かに・・・」

 

(…次回『(第7話)宇宙服?家じゅう真っ白、粉だらけ 』に続く)

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(第4話)上には上?開成高校

開成高校の外観。当ブログの内容とは直接関係ありません。

私が中学1~2年生の頃。成績はいつもど真ん中、3ばっかり並んでたまに2や体育で4があった程度だ。
だが、近所に住む同級生のK島くんの成績は常に学年トツプ3を維持していて、スゲーなといつも感心していた。

私の家とK島くんの家は学校に向かう方角が同じで、登校時に道すがら雑談をして歩くことも、ままあった。

私「この間の期末テストまたトップじゃん、いつもすごいなー」
K島くん「うん?そうでもないよ、体育が足引っ張るから他でがんばらないと」

K島くんは運動のほうはからっきしダメで、鉄棒の逆上がりもできないほどだ。
K島くん「体育だけは努力してもどーにもならないなー」
私「そっかー、でも他がすごいからいいんじゃね。でもどうしたらそんな点とれんの?なんかコツとかあんの?」
K島くん「そうだなー、うーん。…」
なんだか、少しもじもじしたような仕草だ
K島くん「テスト範囲の教科書を全部覚えることだよ」
どうやら、あんまり言いたくなかったようだが教えてくれた。
私「ええーー??全部なんて無理だよー」
K島くん「いや出来るよ、出来ないと思うのは思い込みだよ」
私「マジでー?」
K島くん「うん、最初は俺もそう思ったけど、やったら出来るんだよ。とりあえず英語やってみなよ、一番簡単だよ」
私「英語ねー、ふーん」

いやぁ、絶対むりだわーと思ったが、1回だけと思って次の中間テストで試すことにした。


しかし、いつから始めるかで困った。
私はいつも中間テストも期末テストも、その3日前から始めることにしていた。
そう、家で勉強するのは、その3日間を使って授業で書いたノートをおさらいするわけだ。

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前勉強なめてるなと
・お前人生もなめてるなと
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがなめていたわけではない。
バカなのだ。
それで平均3だから良くね?と思っていたのだ。

 

話を戻そう。
出題範囲の英語の教科書を覚えるには、いくらなんでも3日では無理だ。
バカでもそれはわかった。
そうだな、1週間だ。1週間以上はとても無理だからだ。
1週間は英語の教科書だけを覚えることにして、残り3日間で他の教科を勉強することにした。
そうすると今回のテストは10日前から勉強を始めることになる。
エー?マジかー!!という心の声をなんとか封じ込めることに成功した私は英語の教科書の丸暗記に取り掛かった。

これが辛い。
辛くて死にそうだ。
いくらやっても最初の1ページが頭に入らないのだ。
外ではソフトビニール製のボールを使った野球が始まったようだ。
いつもの連中だ。
行きたい!行ってボールをかっと飛ばしてスカッとしたい。
いやダメだ、行ってはダメだ、渋るK島くんから半ば無理やり引き出した勉強法だ。
私にもできることを見せつけたい。
でも野球もやりたい!

 

いや、逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!!

※当時はまだエヴァンゲリオンは放送されていない。当時はガンダム全盛だ。

 

何かいい方法はないか?
私はじっくり考えることにした。
四半時後、私「そうか、1ページいっぺんに覚えようというのが無理なんだ、3行づつだ、3行づつ覚えよう」

効果はすぐに表れた。
私の頭では一度に覚えられる容量が3行だったのだ。
3行覚えたら次の3行に取り掛かる。
次の3行を覚えたら、前の3行を復唱して記憶を固める。
これを繰り返していくこと1週間、丸暗記できたのだ!

だが果たして本当にこれで点数があがるだろうか?
今更ながら不安がよぎるが、ま、その時はその時だ。

残り3日間の勉強もそつなくこなし中間テストを迎えた。

いよいよ英語のテストの時間だ。
いつも鼻をほじって答案になすり付けるような悪態をついて望むのだが、この時は違った。
何か心臓がドキドキするのだ。
そして丁寧に答案用紙を受け取ると、そっと目を落とした。
私「…わかる、わかるぞ、カッコの中を埋めろだと?そっから後も全部埋められるわ」
そして数日後、英語の授業。
今日はテストの結果が返ってくる日だ。

ひとりづつ名前を呼んで答案用紙を返していく。
もうちょっとがんばれとか、よくやったなとか、英語教師が声をかけてくる。

今考えると、この声掛けでテスト結果がみんなにばれるの、どうなのって思うが、当時は生徒を蹴っ飛ばしても、良く叱ってくれたと逆に親が感謝してくるような調子だから問題になどならない。

いよいよ私の番だ。

英語教師は私の顔を睨みながら答案の点数を示した。
なんと95点だ!
だが英語教師はこう言いたそうだ。
・お前なんかやったろ?
・いいから白状しろ!

私は先生の目をまっすぐ見据えて心の中で言い放った
・いいえ先生実力です
・今回は死ぬほど勉強しました

すると先生は「んっ?」という顔をした。

 

英語教師は「奇跡がおきたな」と言って答案を渡してくれた

 

どうやら信用されていないようだ。
まあいい。
私はK島くんに良い報告が出来ることが、なにより飛び上がるほど嬉しかった。

私「95点とったぜ!」
K島くん「おー、おめでとう!、できただろ?」
私「ありがとう、嬉しいもんだなー」
K島くん「他のもがんばれよな」

K島くんは他の教科もがんばれと言ってくれたが、はたと気が付いた。
他の教科もおなじようにするとなると、中間テストと期末テストの間に遊んでいる暇がないではないか。
それはイヤだ。

 

--読者諸君は言うだろう--
・成果が出たなら他もやれ
・遊んでる場合じゃないぞ
そのとおりだ。あなたは正しい。
頭では理解している。
だが、体がいうことを聞かないのだ。
パカーンと球が飛んでいくあの感触と1メートル曲がるカーブで三振をとったときの爽快感が忘れられないのだ。

 

かくして私の日常は平穏に戻り、ALL3の通信簿は継続された

 

--読者諸君は言うだろう--
・だっら野球部入れ
・甲子園目指せ
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがそれは無理だ。
あの球は当たると痛いのだ。
そう、私はヘイポーなのだ。
生粋の根性なしで痛がり屋だ。

斉藤 敏豪(さいとう としひで、1954年11月16日)は、日本のテレビ演出家。東京都品川区出身。『ダウンタウンガキの使いやあらへんで!』内での通称はヘイポー

その後、K島くんは無事に開成高校に合格した!

--読者諸君は言うだろう--
・やっぱりお前が開成じゃないのか?
・タイトル釣ったな?
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがここまで読んだあなたは知っているはずだ。
私が開成に受かるわけないのだ。
そもそも1ミリも受験を考えた事はない。

 

それではその後の彼の話を続けよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

都内でも有数の進学校である開成高校に受かったK島くん。
本人はもとより嬉しがったのは担任だった。
担任「うちから開成に行ったなんて聞いたことない、少なくともここ10年は出てないな」

え?そうなの?と思った。
え?そんなに??

なんかすごく引っかかるものを感じた。

 

--読者諸君は言うだろう--
・バカ校じゃね?
・偏差値低いんじゃね?
そのとおりだ。あなたは正しい。
我が中学校の偏差値は大田区のなかでも抜きんでて低かったのだ。
そんななか、K島くんは本当によく頑張ったのだ。
と言うのも、私はその頑張りを直接見たことがあるのだ。

 

ある夏の日、近所で盆踊り大会が行われた。
宴がお開きになっても集まった悪ガキどもはなかなか帰らず、その輪のなかに私もいた。
さすがに11時。もう帰ろうとなり道を歩いていると煌々と光る部屋がある。
K島くんの勉強部屋だ。
彼の部屋は道路側に面しているから良く見えるのだ。

私はコツコツと窓を叩いた。
ガラッと窓が開いた。
K島くん「なんだお前かー。何?」
私「何じゃねーわ、お前こそ何やってんだよ」
K島くん「明日の塾の予習だ」
私「マジか?11時過ぎてんぞ、良い子は寝てるぞ」
K島くん「お前も寝てねーじゃん」

…確かに。

じゃあなと別れたあと、私は考え込んでしまった。
K島くんの学年トップの成績はこれほどまでの努力の積み重ねがあったからだ。

私は自分を恥じた。
K島くんに勉強法を教わって一時的に良い点をとったことでこんな気持ちがあった。
・俺はやれば出来る子じゃね?
・あいつと頭の差はなくね?

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前は継続力なくね?
・比較すること自体おかしくね?
そのとおりだ。あなたは正しい。
だが、当時はそう思っていたのだ。
と言うのも、そう思わせる事件があったのだ。

 

K島くんから勉強法を教わり、英語の点数が一時的に上がった後、彼との距離は急に縮まった。
K島くんにしてみれば、自分の指示どおりに私がした事で点数があがり、自分のことのように喜んでくれたことが大きい。
家が近所ということもあり、私は彼の家にたまに遊びに行くようになっていた。
※今思うと勉強の邪魔だったはずだ

当時はまだファミコンは発売されていない。
家の中で遊ぶとなれば、漫画を読むとかトランプや囲碁将棋などだ。
K島くんは囲碁がいいという。
そう、K島くんは囲碁将棋部だった。

だが私は囲碁のルールなんか知らない。
では五目並べだとなりゲーム開始だ。

これが負ける、負ける。
まったく歯がたたない。

ひとしきり負けた後、私は臥薪嘗胆を誓う。
あくる日、近所のおじさんを訪ねて五目並べの指南を頂く。
このおじさんとは結縁関係など全くなく、単に子供のころからのご近所繋がりだ。

おじさんは囲碁が趣味だときいていたのだ。
最初はさっぱり歯が立たなかったが、次第に負ける手数が伸びていった。
要は、負けるには負けるが長手数になってきたのだ。
これは相手の手が読めるようになってきたということだ。
そして一月間毎日通っているうち、稀に勝てるようになったのだ。

そして意気揚々とK島くんに対戦を申し込んだ。
…勝てる、勝てるよ、3回のうち2回、5回なら3回勝てるようになったのだ。
私にとって、これは事件だ。
学年トップの成績をとっている男に勝っているじゃないか、と。

だが、夏休み中の夜11時過ぎまで勉強している現場をこの目で見て、私は悟った。
囲碁五目並べなんかしている暇があるわけないのだ。
彼は囲碁将棋部だった。なんらかのクラブに入らねばならないルールはなかったが、今思うと塾の先生からの指導ではないかと思う。少しでも内申点をあげるためかと思う。そうなると運動が出来ない彼としては書道部か囲碁将棋部しか選択できない。
そんな中で選択したのが囲碁将棋部というだけだ。

私はひと月もの間指南を受けてようやく少し打てるようになったにすぎない。
逆に言うとまったく何も努力も練習もしていないK島くんは、3回のうち1回、5回なら2回、私に勝つのだ。
私は自分の浅はかさに気が滅入り、K島くんとの心の距離はいつしか埋められないほど遠く離れてしまった。


==============


それから数年後、帰宅途中の電車でばったりK島くんに出会った。
私「おっ、久しぶりじゃーん」
K島くん「おー、元気だったかー?」
ひとしきり昔話に花を咲かせた後、近況の交換に入った。
私「いや最近バイトばっかだ、卒業したら就職だしな、お前は?」
私は公立の工業高校に通っていた。

K島くん「うん、俺は東大目指してる。在学中に国家Ⅰ種取って厚生省にはいるつもりだ」

今はTVドラマやネットの情報で良く耳にするが、当時は国家Ⅰ種取ってキャリア官僚を目指すなんて言う話はなかなか聞かない話だった。

私「やっぱお前スゲーなー、頭いいやつは違うなー」

普通の感想を言っただけだと思ったが、K島くんは俯いた。

K島くん「いやさー、目指すは目指すけどさー、正直わかんねーよ」
私「え?お前なら楽勝だろーよ、開成だろ、東大半分くらい行ってんじゃねーの?」
K島くん「半分は大げさだろ。実はさ、俺学年で下のほうなんだよ」
私「え?お前が?信じらんねえ」
K島くん「マジだよ、自分でも信じらんねーけどホントだ」
私「どーして?勉強してねーの?」
K島くん「してるよ、前にも増してしてる。けど勝てねー」
私「さらにどーしてだぞ?さっぱりわかんねー?」

K島くんはポツポツと話してくれた。
要約するとこうだ。
・まったく勉強してないヤツらがいる
・そいつらは朝練も午後も部活やってる
・カラオケとかしょっちゅう行って遊んでる
・だけどテストになると俺より上にいる

私「なにそれ、カンニングとか?」
K島くん「ありえない。一人二人じゃないんだぞ。そんな集団でカンニングとかありえない」
私「やっぱり陰で勉強してんじゃね?」
K島くん「だったとしても作れる時間はせいぜい1~2時間だろ、こっちは時間全部つぎ込んでる」
私「じゃ、なんなんだよ」

 

K島くん「いるんだよ、教科書パラッとめくるだけで記憶するやつ、数式眺めるだけで頭ん中で証明してるやつ」

 

私「マジか…」

私はそれ以上言葉が出てこなかった。
これ以降、K島くんとは会っていない。
私は仕事で埼玉県に行くことが多くなり、面倒だからとそっちに引っ越したからだ。
ひょっとして計画通り東大⇒厚生省でキャリアになって事務次官コースかなと探してみたが、残念ながK島くんの名前は事務次官リストにはなかった。
※当時は厚生省と労働省が合併する前だった

しかし、本当にそんな頭を持った連中いるのかなと思っていた。
すると10年後、職場の後輩が目撃したと言う。

そこは某大手銀行の一室、そこで一緒のプロジェクトにいた某大手電気メーカーのシステム子会社の女性社員が化け物だという。

詳しく聞いてみると、電話帳ほどもある分厚いシステム仕様書について銀行員から問われたところ、こう言ったというのだ。

 

女性社員「あ、その機能のパラメータについてのご説明はxxxページの(x)の章にございます」

 

パラッとめくられたそのページには、確かにその部分が記載されていた。
聞くとたまたま当てたのではなく、すべて暗記しているというのだ。

一同は驚愕したという。
なぜって、その女性社員は赴任してきてまだ一週間しか経っていなかったそうだ。
そんなことが可能ならすごい武器だ。

そこで私は思った。そうだ、私も頑張れば丸暗記できるかもしれない。私は中学のとき英語の教科書を丸暗記して95点取ったことを思い出した。 もちろん、その女性社員のように一週間でというわけにはいかないだろう。だが、少しづつならあのときのように覚えられるかもしれない。

私はとりあえず一番重要な一冊のぶ厚いシステムの仕様書に取りかかった。当時はまだインターネットやパソコンは普及しておらず、仕様書は手書きによるものだった。数週間経ったとき後輩から声をかけられた。

後輩「あのー、XXXのシステムの仕様書見なかったですか?」
私「お、これか?何するんだ?」 後輩「システム変更が入ったんで修正です」
私「どのページ?」
修正が必要なページは私が暗記を済ませたページだった。
数日後、後輩が仕様書を持ってきた。

後輩「じゃ、これここ置いておきますね」

私はしばし仕様書を眺めたあと、それを持って書庫に行き、そっと戻してこう思った。
仕様書はどんどん変更が入るのに悠長に少しづつ覚えようなんて土台無理な話だ。一週間で完璧に覚えてしまう女性社員との差は埋められるはずもない。

仕方がない。私は後輩を誘って焼き鳥屋に行った。くだらない話をしながらビールを流し込むと、ひとつの諺を思い出した。

 

--舟に刻して剣を求む--
呂氏春秋』の慎大覧篇に由来する寓話。楚の国の人が舟で揚子江を渡った。そのとき、剣が舟から水の中に落ちた。 すると彼は慌てて舟べりに目じるしを刻みをつけて、「俺の剣が落ちたのはここだ」と言った
やがて舟が向こう岸に着いてとまると、彼はその目じるしのところから水の中へはいっていって剣を探した
駒田信二『中国故事 はなしの話』P89
 

(…次回『(第6話)俺が先生?地獄のほふく前進 』に続く)

tubakka.hateblo.jp

(第3話)男泣き?Y崎先輩

広島県三次プラザの「レストランV」 当ブログの内容とは関係ありません。

前回、Y崎さんの事に少し触れたので思い出を語ろうと思う。
先にコチラを読むと話がスッと入るはずだ。

⇒6畳2間?2万6千円

私は高校3年の秋から卒業するまでの半年間、神奈川県は京浜急行の川崎駅ガード下にある『レストラン・ポルカ』でバイトをしていた。(※現在は廃業)

このバイトは姉の友人からの紹介だ。
店の名前と場所と時間だけ教えられ、バイトの初日を迎えた。
店に着くと私はドアを開けた。
ガランガランとドアベルが鳴り、黒いベストとズボン姿の50才くらいの男性と目があった。背は150cmと少しあるくらいで痩せていた。頭は七三分けだ。

私「あのー、XXさんの紹介できました」
黒服姿の男性「うん、聞いてる、今日からよろしくな」

黒服姿の男性は店のマネージャーだった。
店は広く外観からは想像もできないほどだった。四人掛けのテーブルが1階に12~13席、4段下がった半地下の階には6席ぐらいはあっただろうか。その奥に20畳くらいの厨房と6畳ほどの従業員の更衣室があった。

マネージャー「あーそれから紹介しよう、Y崎くんだ」
Y崎「よろしく」
私「よろしくお願いします」

Y崎さんはブロンドヘアーだったと前回書いたが、単に金髪に染めていたにすぎない。
だが、バイトの初日は普通に黒髪だった。
黒髪ではあったが、パンチパーマに剃りこみを入れた眉毛と上唇に蓄えた口ひげ、そして何より睨みつけるような切れ長の目を見ると、俗に言うカタギには見えなかった。

マネージャー「作業の事はY崎くんから聞いてくれ。じゃ俺はでかけるから」

Y崎さんと二人きりになった。厨房にはコックが2名いるが、半地下になっていて直接は見えない。そして客は誰もいなかった。

私はものすごく不安になった。

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前そっち系と遭遇率高すぎだろ
・話盛ってんのか?
そのとおりだ。遭遇率は高いことは認める。
だが当時はみんなこんなもんだ。大田区の海側とか川崎あたりの学生はみんなビビッて登校してた。いつカツアゲに会うかもわからない、まさにビーバップの世界だ。あの漫画はフィクションではない、昔は現実だった。

 

Y崎さん「XXに誰かバイトいねぇかって頼んだのオレだぜ」
私「あ、そうだったんですか、自分はXXさん知らなくて姉から言われて来ました」

XXさんは知らないが、どんな方向にとんがった人かは想像できた。

Y崎さんはまず、三角ナプキンの折り方を教えるから真似してみろと言う。
三角ナプキンは最初から三角なわけではなく、四角いナプキンを手で折っていたのだ。
手で折って3つの三角が上になるように折るのだ。

これが本当に難しかった。
上に出てくる三角の大きさと確度のバランスがまったく合わないのだ。

三角ナプキン。 三角が等しい大きさ、角度になっていない失敗例。 きれいに折るのは意外とむずかしい。

そして低い声でボソッと言われた。

Y崎さん「お前何枚無駄にする気だ?」
私「!・・・」

私は氷付いた。その時・・・

 

Y崎さん「ウっソ、ピョーン!」

 

私「!!・・・」

私はさらに氷付いた。その風貌でお茶らけられても、逆に恐怖だ。

Y崎さん「なんだよシャレだぜ、ウケるとこだぜ」
私「あ、そっかぁ」
Y崎さん「こんなんいくらでもあっから、ゆっくり慣れればいんだぜ、気にすんな、な?」

Y崎さんはいい人だった。

 

店の営業時間は夜8時までだが、その日は一人もお客が来なかった。

私「お客さん、一人もこなかったですね、こんな感じでやっていけるんですか?」
Y崎さん「京浜急行が親会社で税金対策の店らしいぜ、でもちょくちょく近所のお菓子工場が貸し切りで宴会とかはあるぜ」

そうなんだと納得した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

仕事にもY崎さんにも慣れてきたある日、なんか違和感を覚えた。
Y崎さんの接客がどうも妙なのだ。

なにが妙かと言うと、客の注文をメモしないのだ。普通はメモを取らないと忘れてしまう。だが、Y崎さんはメモしないのだ。

客「え?メモ取らないの?覚えるの?」
Y崎さん「えぇ、どうぞご注文ください」
客「えぇ?本当にー?えっとじゃーあれとこれと・・・・以上、頼むよ」
Y崎さん「ご注文ありがとうございました」

復唱なんかしない。
そして本当に驚くのはここからだ。その後もなんと4~5卓ぶんをまとめて暗記して帰ってくるのだ。帰ってくるとオーダー用紙にどんどん記入し始める。次から次へと・・・この間、わずか1分だ。とても信じられない、全部で15名程度の注文を丸暗記している!!

私「なんでこんなことできるんスか?」
Y崎さん「ん?コツあんだぜ」

コツと言うのはこうだ。ひとつのテーブルをひとつのタンスだと思い、ひとつの注文をひとつの引き出しにしまう。そして引き出しにお客さんの顔を焼き付ける。コーヒーとステーキを頼んだら2つの引き出しにその人の顔を焼き付けて、引き出しを開けると注文が出てくる・・・そんな感じらしい

 

そんなんできるかーーーーーーー!!

 

っと私は思った。

バイトを始めてひと月も経たずに宴会が入った。貸し切りだ。貸し切りはいつも大体5~60名くらいだったと思う。
私はこの日、なぜチンピラのような風体のY崎さんに特殊能力が培われたのか、その謎を解明するヒントを得た。

A卓客「おー、ビール2本ねー」
C卓客「日本酒熱燗ちょうだい、おちょこ3つね」
F卓客「ワインのロゼ、赤玉パンチの!」

宴会の日は約3時間、終始こんな感じだ。料理を運んでる最中も、生を運んでいる最中も、行きも帰りもひっきりなしに注文を受ける。それをマネージャー、Y崎さん、私の3名でこなす。
目の回る忙しさだ、片時も休んでいる暇はない。そしてその時に悟った。

メモ用紙なんか持ってられるか!

メモ用紙に注文を書くどころか、そもそも生を両手いっぱいに持って運んだり、皿を重ねて片付けたりしているのだ。メモ用紙どころか、ポールペン1本たりとも持っていられない。行きも帰りも手がふさがっているのだ

だから覚えるしかなかったのか。だとしたら私にも身に付くかもしれない。私は卒業までに努力を重ねる決意をした!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある日、マネージャーから話があった。

マネージャー「やっぱり宴会3人はきつい、もう一人バイト雇った、明日の宴会からだ」
えっ?いきなり宴会スタート?それヤバくね?・・・心の中でそう思ったが、もちろん遅い。
Y崎さん「明日から?そりゃーまずいぜ」
私「そっスよね?いくら何でも宴会スタートはないスよね?」

うんっ、気持ちがシンクロしたと思った。

翌日、新人バイトくんが現れた。

新人バイト「よろしくお願いします」
新人バイトくんは高校2年生だったと思う。私よりひとつ下だ。当時の私の短い人生経験では出会ったことがないような爽やかな好青年で、私は好感を持った。たぶんマネージャーも同感だったはずだ。
そこにガランガランとドアベルが鳴った、外人のお客さんのようだ。
いや、違う、え?Y崎さんだ。頭が金髪になっていた。

マネージャー「お前何やってんだ、その頭で出る気か?」
Y崎さん「ええ、まぁ」

曖昧に答えた。このまま押し切る気だ。
そうか、貸し切りの日にわざとぶつけたな。Y崎さん抜きでは宴会は乗り越えられない。
かくしてバイト服に着替えたY崎さんはホールに立った。黒いベストにズボンに金髪のパンチパーマは異様に目立つ。そこに団体の予約客がやってきた。客の反応が心配された。

マネージャーの顔に緊張が見て取れる

しかし、それは杞憂だった。考えてみればそうだ。この団体客は常連のお菓子工場の人たちだ。なじみ客なのだ。Y崎さんのことも良く知っていた。

男性客「おー、決まってるねー、集会でもあるの?」
女性客「へぇー、綺麗に染まってるねー、美容室?床屋さん?」
Y崎さん「自分でやりました」 女性客「ええー、上手ー」

何事もなく宴会は始まった。

私は新人くんを見た。俯いて微動だにしない。私は生を運ぶように伝えると、ハッとして顔を上げ、でかい生ジョッキをいくつも運び始めた。

料理を次々と運び、空いた皿やグラス類を片付ける。今夜も死ぬほど忙しい。特に半地下の4段ある階段を何度も往復するのが地味につらい。まるでライザップだ。体を鍛えにきたわけではないのに、結果として生を運ぶ腕や胸の筋肉はもりもり付き、スクワットのように鍛えられた太ももが確実に太くなった。そんな私やY崎さんでも辛いのだ。

新人くんが心配になった。だが、新人くんは何事もそつなくこなし、息を切らしながらもがんばった。これなら即戦力じゃないかとY崎さんと話した。

私「あいついっスね」
Y崎さん「おぅ、イイジャン」

ほどなくして宴会は無事に終わった
私は新人くんに言った。

私「宴会は月に数回だから今日はたまたま忙しい日、いつもは客が2~3組だから安心しろよな」

新人くんは笑顔でわかりましたと返した。

 

だが、それ以来、新人くんを見ることは二度となかった。

 

私「こなくなっちゃったっスね」
Y崎さん「超絶忙しかったからなー」

私は思った。「いや、あなたのせいもあるっしょ。金髪パンチはないわ、フツー、一緒に働くの怖いっしょ。それに言ってたでしょ、「明日から?そりゃーまずいぜ」って。新人の初日から金髪パンチになるのがまずいって思ってたでしょ」
だが言えなかった。私は話題を変えた。

私「そういえば何で金髪にしようと思ったんスか?」
Y崎さん「ダチが余ってるからってそういうのくれたんだよ」

そんだけ?そんな理由で?そりゃー余るでしょーよ、金色は。私はわずかに芽生えた尊敬の念を摘み取ることにした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


しかし、そんなY崎さんをマネージャーがクビにすることはなかった。相変わらず金髪でホールに立ち、接客をしていた。始めての客はみな異様に驚いたがどこ吹く風だ。そうして日常が戻ったある日、私はクビにするどころか、クビにしたくない理由がマネージャーにあることを理解した。

 

ひとつ目のエピソードはこうだ。

当時の川崎は治安が大変悪かった。今でいうホームレス、あの頃は乞食と呼んでいた。それが店の前を掃除し始めるのだ。もちろん、そんなことは誰も頼んでいない。だいたい・・・

お前がまず風呂に入れ!

と言いたくなるほど臭うのだ。着ている服もボロボロだ。頭は禿げているのに後頭部は長髪だ。お前は落ち武者かっ!

Y崎さん「またレレレが来やがったぜ」

Y崎さんはそのホームレスをレレレと呼んでいた。天才バカボンのレレレのおじさんのことだ。そのホームレスがどこから持ってきたのか知らないが竹ホウキで店の前を掃きだすのだ。

レレレのおじさん。 赤塚不二夫天才バカボン」に出てくるキャラクター。「おでかけですか、レレレのレー?」と、町を掃除しながら声かけ運動を実施するおじさん。自分と瓜二つの息子が多数存在することは意外に知られていない。

Y崎さん「てめー、くんなってつってんだろ、しつけーぜ!てめーが居ると客が来ねーぜ」

効果は抜群だ。レレレは一目散に逃げていく。

私「なんであいつ来るんスか?」
Y崎さん「隣のサ店のおばちゃんが人がよくてよ、食いもんやって癖になってるぜ」
私「そうだったんスね」
Y崎さん「日雇いのバスが朝方並んでああいうの雇うんだぜ。でも仕事にありつけないヤツもいる。それがレレレの正体だぜ」
私「なんか悲しいスね」

だが同情はしていられない。いくら京急の子会社と言っても売り上げは必要だ。追い払う必要はある。
以前、同じ事をマネージャーがやっていたが迫力がなく、逆に舐められる始末で、なんかもらうまで掃き続けたらしい。一種の乞食ビジネスだ。

ふたつ目のエピソードはこうだ。

当時の川崎は治安が悪いといったが、ホームレスだけでなく暴走族上がりのチンピラや渋谷のチーマー崩れのような連中もいた。
ある日、こんなことがあったそうだ。

チンピラA「おう、このピラフ、ゴキブリ入ってるぞ、どういうことだ?」
マネージャー「そんなはずありませんよ」
チンピラB「現に入ってんだろーが!」

こんなやりとりがあったらしく、見ると立派なゴキちゃんがいたらしい。その後難癖つけて金をせびり、マネージャーは少ない小遣いから払ったこともあると。だが、Y崎さんが来てからマネージャーが対応することはなくなったと。

Y崎さんはそういう客が来るとガンとして店の料理にそんなものは入らないと譲らなかった。相手2~3人居ても動じない。文句があるなら外で話そうと腕をまくると、チンピラはスゴスゴ帰って行った。いや、帰る前にはキチンと料理の支払いまでさせた。

マネージャーにとってはヒーローだ。クビになど出来るはずもなかった。
私は再びY崎さんに尊敬の念が芽生えた。そしてその芽は最後まで摘み取られることはなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そんなある日、Y崎さんの友人たちが店にきた。夕飯だ。友人たちはそれぞれ注文し、その中にはピラフの注文があった。Y崎さんはいつものように、友人たちの注文に裏技を使って大盛りに変えた。普通料金しか払わないのに大盛りになる裏ワザだ。
仕組みはこうだ。

当時の注文票は2枚重ねになっており、2枚目はカーボンコピーのようになっている。要は1枚目に書いた注文が2枚目に写る仕組みだ。

Y崎さんは普通に書いた注文票の1枚目をめくると、2枚目だけに(大)と書いた。
厨房には切り取った2枚目を持って行って料理を作ってもらう。
いつもこんなことをしていた。

運ばれた大盛りピラフを友人が一口食べると手が止まった。静かに指さす。私とY崎さんは注目した。

でかいゴキちゃんだった!

1枚目の注文票に(大)の字を加えて辻褄を合わせると、Y崎さんは猛然と厨房にゴキ入りピラフを持って行った。厨房のコックは包丁を持って立っていた。料理の受け取り口の前で。

Y崎さん「こんなん食えねーぜ」
コックA「注文にねーもん、作らしてんじゃねーぞてめぇ」

厨房にはばれていたのだ!どうやってわかったんだろうか、今だに不明だ。
さすがのY崎さんも言い返せなかった。とりあえず、まともな料理と交換だけはしてくれと頼むのがやっとだった。そしてお茶目に笑ってこう言った。

Y崎さん「ウチにもゴキちゃんいたぜ」

私はY崎さんが大好きになっていた。
バイト卒業間近のある日、Y崎さんにこんなことを言われた。

Y崎さん「お前、女だったら俺に惚れてるぜ」
私「そっスかね?」

そうかもしれないと思った。
この金髪パンチパーマのヤクザ風情の男が異常な暗記力をみせたり、たかってくるチンピラを撃退したり、友人思いだったりするのを見ているうち、いつの間にか兄のように慕っていることに気づいた。

そしてバイトを卒業した日、思った。「結局、俺のタンスはひとつだったな」

どうしてもY崎さんのようにはいかなかった。ふたつ目のタンスが頭にできる日は来なかったのだ。
私がY崎さんに追いついたのは三角折りだけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから4~5年後、私はY崎さんと再会した。再会のきっかけは何だったのか、今もどうしても思い出せない。
だが、その後の事は鮮明に覚えている。この時はすでにレストランを辞めているから家に遊びに来いということだった。

そこは川崎駅からすこし離れたマンションだった。
ピンポンと鳴らすとランジェリー姿の女性が出てきた。

女性「ダレ?」

東南アジア系の若い女性だった。

私「Y崎さんはいますか?自分後輩のXXです」
Y崎さん「お、入れ入れ。待ってたぜ」

 

女性は奥さんだった。国際結婚していたようだ。
奥さんはビールとつまみを持って来てくれた。軽く会釈した。
乾杯をすますとバイト時代の話に花が咲いた。あんなことやこんなこと、レレレを追い払い、ゆすりたかりを撃退したこと、話題は尽きない。

小一時間すると近況の話題に入った。

Y崎さん「お前今仕事は?」
私「いや、ただのサラリーマンっスよ」

私は高校を卒業してからコンピューター会社に勤めてプログラマをしていた。

Y崎さん「そんなんじゃ儲かんねーぜ、一緒にやろーぜ」

Y崎さんは自分の仕事の話を始めた。

Y崎さん「フィリピン、知ってっだろ?そこのマニラ往復すっと儲かんぜ」

Y崎さんは概要を教えてくれた。とても人には言えない仕事だった。

私「そうなんスか?、スゲー儲かるんスね。でも今の仕事が好きなんでちょっと考えてみるッス」

それからしばらく雑談をしていると、私はふとY崎さんの右目だけ、視点が定まらないように見えた。私は中学の時にシンナー遊びをしている不良を見たことがあった。表情が似ていた。
ほどなくして私は次の日が早いからと失礼した。
Y崎さんは玄関まで見送ってくれた。

Y崎さん「また、来いよ、さっき話した件、待ってるぜ」
私「はい、また来ます」

 

嘘だった。
私は駅までの帰り道、歩きながら思った「二度と来るわけねーだろ、クソが!」

涙が出ていた。
顔はぐしゃぐしゃだ。通り過ぎる人が私を避けていた。
私は泣いた。男泣きに泣いた。ハンカチを持ってくれば良かったと思った。
あの言葉が渦巻いていたからだ。

「ウっソ、ピョーン!」

ありし日のY崎さんの顔を思い出していた。
思いやりにあふれた優しい目は、まっすぐ私を見つめていた。

 

(…次回『(第4話)上には上?開成高校 』に続く)

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