Tubakka’s blog

初老オヤジの青春時代の実話体験談。毎話読み切り。暇で暇でしょうがない時にお勧め。

(第4話)上には上?開成高校

開成高校の外観。当ブログの内容とは直接関係ありません。

私が中学1~2年生の頃。成績はいつもど真ん中、3ばっかり並んでたまに2や体育で4があった程度だ。
だが、近所に住む同級生のK島くんの成績は常に学年トツプ3を維持していて、スゲーなといつも感心していた。

私の家とK島くんの家は学校に向かう方角が同じで、登校時に道すがら雑談をして歩くことも、ままあった。

私「この間の期末テストまたトップじゃん、いつもすごいなー」
K島くん「うん?そうでもないよ、体育が足引っ張るから他でがんばらないと」

K島くんは運動のほうはからっきしダメで、鉄棒の逆上がりもできないほどだ。
K島くん「体育だけは努力してもどーにもならないなー」
私「そっかー、でも他がすごいからいいんじゃね。でもどうしたらそんな点とれんの?なんかコツとかあんの?」
K島くん「そうだなー、うーん。…」
なんだか、少しもじもじしたような仕草だ
K島くん「テスト範囲の教科書を全部覚えることだよ」
どうやら、あんまり言いたくなかったようだが教えてくれた。
私「ええーー??全部なんて無理だよー」
K島くん「いや出来るよ、出来ないと思うのは思い込みだよ」
私「マジでー?」
K島くん「うん、最初は俺もそう思ったけど、やったら出来るんだよ。とりあえず英語やってみなよ、一番簡単だよ」
私「英語ねー、ふーん」

いやぁ、絶対むりだわーと思ったが、1回だけと思って次の中間テストで試すことにした。


しかし、いつから始めるかで困った。
私はいつも中間テストも期末テストも、その3日前から始めることにしていた。
そう、家で勉強するのは、その3日間を使って授業で書いたノートをおさらいするわけだ。

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前勉強なめてるなと
・お前人生もなめてるなと
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがなめていたわけではない。
バカなのだ。
それで平均3だから良くね?と思っていたのだ。

 

話を戻そう。
出題範囲の英語の教科書を覚えるには、いくらなんでも3日では無理だ。
バカでもそれはわかった。
そうだな、1週間だ。1週間以上はとても無理だからだ。
1週間は英語の教科書だけを覚えることにして、残り3日間で他の教科を勉強することにした。
そうすると今回のテストは10日前から勉強を始めることになる。
エー?マジかー!!という心の声をなんとか封じ込めることに成功した私は英語の教科書の丸暗記に取り掛かった。

これが辛い。
辛くて死にそうだ。
いくらやっても最初の1ページが頭に入らないのだ。
外ではソフトビニール製のボールを使った野球が始まったようだ。
いつもの連中だ。
行きたい!行ってボールをかっと飛ばしてスカッとしたい。
いやダメだ、行ってはダメだ、渋るK島くんから半ば無理やり引き出した勉強法だ。
私にもできることを見せつけたい。
でも野球もやりたい!

 

いや、逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!!

※当時はまだエヴァンゲリオンは放送されていない。当時はガンダム全盛だ。

 

何かいい方法はないか?
私はじっくり考えることにした。
四半時後、私「そうか、1ページいっぺんに覚えようというのが無理なんだ、3行づつだ、3行づつ覚えよう」

効果はすぐに表れた。
私の頭では一度に覚えられる容量が3行だったのだ。
3行覚えたら次の3行に取り掛かる。
次の3行を覚えたら、前の3行を復唱して記憶を固める。
これを繰り返していくこと1週間、丸暗記できたのだ!

だが果たして本当にこれで点数があがるだろうか?
今更ながら不安がよぎるが、ま、その時はその時だ。

残り3日間の勉強もそつなくこなし中間テストを迎えた。

いよいよ英語のテストの時間だ。
いつも鼻をほじって答案になすり付けるような悪態をついて望むのだが、この時は違った。
何か心臓がドキドキするのだ。
そして丁寧に答案用紙を受け取ると、そっと目を落とした。
私「…わかる、わかるぞ、カッコの中を埋めろだと?そっから後も全部埋められるわ」
そして数日後、英語の授業。
今日はテストの結果が返ってくる日だ。

ひとりづつ名前を呼んで答案用紙を返していく。
もうちょっとがんばれとか、よくやったなとか、英語教師が声をかけてくる。

今考えると、この声掛けでテスト結果がみんなにばれるの、どうなのって思うが、当時は生徒を蹴っ飛ばしても、良く叱ってくれたと逆に親が感謝してくるような調子だから問題になどならない。

いよいよ私の番だ。

英語教師は私の顔を睨みながら答案の点数を示した。
なんと95点だ!
だが英語教師はこう言いたそうだ。
・お前なんかやったろ?
・いいから白状しろ!

私は先生の目をまっすぐ見据えて心の中で言い放った
・いいえ先生実力です
・今回は死ぬほど勉強しました

すると先生は「んっ?」という顔をした。

 

英語教師は「奇跡がおきたな」と言って答案を渡してくれた

 

どうやら信用されていないようだ。
まあいい。
私はK島くんに良い報告が出来ることが、なにより飛び上がるほど嬉しかった。

私「95点とったぜ!」
K島くん「おー、おめでとう!、できただろ?」
私「ありがとう、嬉しいもんだなー」
K島くん「他のもがんばれよな」

K島くんは他の教科もがんばれと言ってくれたが、はたと気が付いた。
他の教科もおなじようにするとなると、中間テストと期末テストの間に遊んでいる暇がないではないか。
それはイヤだ。

 

--読者諸君は言うだろう--
・成果が出たなら他もやれ
・遊んでる場合じゃないぞ
そのとおりだ。あなたは正しい。
頭では理解している。
だが、体がいうことを聞かないのだ。
パカーンと球が飛んでいくあの感触と1メートル曲がるカーブで三振をとったときの爽快感が忘れられないのだ。

 

かくして私の日常は平穏に戻り、ALL3の通信簿は継続された

 

--読者諸君は言うだろう--
・だっら野球部入れ
・甲子園目指せ
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがそれは無理だ。
あの球は当たると痛いのだ。
そう、私はヘイポーなのだ。
生粋の根性なしで痛がり屋だ。

斉藤 敏豪(さいとう としひで、1954年11月16日)は、日本のテレビ演出家。東京都品川区出身。『ダウンタウンガキの使いやあらへんで!』内での通称はヘイポー

その後、K島くんは無事に開成高校に合格した!

--読者諸君は言うだろう--
・やっぱりお前が開成じゃないのか?
・タイトル釣ったな?
そのとおりだ。あなたは正しい。
だがここまで読んだあなたは知っているはずだ。
私が開成に受かるわけないのだ。
そもそも1ミリも受験を考えた事はない。

 

それではその後の彼の話を続けよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

都内でも有数の進学校である開成高校に受かったK島くん。
本人はもとより嬉しがったのは担任だった。
担任「うちから開成に行ったなんて聞いたことない、少なくともここ10年は出てないな」

え?そうなの?と思った。
え?そんなに??

なんかすごく引っかかるものを感じた。

 

--読者諸君は言うだろう--
・バカ校じゃね?
・偏差値低いんじゃね?
そのとおりだ。あなたは正しい。
我が中学校の偏差値は大田区のなかでも抜きんでて低かったのだ。
そんななか、K島くんは本当によく頑張ったのだ。
と言うのも、私はその頑張りを直接見たことがあるのだ。

 

ある夏の日、近所で盆踊り大会が行われた。
宴がお開きになっても集まった悪ガキどもはなかなか帰らず、その輪のなかに私もいた。
さすがに11時。もう帰ろうとなり道を歩いていると煌々と光る部屋がある。
K島くんの勉強部屋だ。
彼の部屋は道路側に面しているから良く見えるのだ。

私はコツコツと窓を叩いた。
ガラッと窓が開いた。
K島くん「なんだお前かー。何?」
私「何じゃねーわ、お前こそ何やってんだよ」
K島くん「明日の塾の予習だ」
私「マジか?11時過ぎてんぞ、良い子は寝てるぞ」
K島くん「お前も寝てねーじゃん」

…確かに。

じゃあなと別れたあと、私は考え込んでしまった。
K島くんの学年トップの成績はこれほどまでの努力の積み重ねがあったからだ。

私は自分を恥じた。
K島くんに勉強法を教わって一時的に良い点をとったことでこんな気持ちがあった。
・俺はやれば出来る子じゃね?
・あいつと頭の差はなくね?

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前は継続力なくね?
・比較すること自体おかしくね?
そのとおりだ。あなたは正しい。
だが、当時はそう思っていたのだ。
と言うのも、そう思わせる事件があったのだ。

 

K島くんから勉強法を教わり、英語の点数が一時的に上がった後、彼との距離は急に縮まった。
K島くんにしてみれば、自分の指示どおりに私がした事で点数があがり、自分のことのように喜んでくれたことが大きい。
家が近所ということもあり、私は彼の家にたまに遊びに行くようになっていた。
※今思うと勉強の邪魔だったはずだ

当時はまだファミコンは発売されていない。
家の中で遊ぶとなれば、漫画を読むとかトランプや囲碁将棋などだ。
K島くんは囲碁がいいという。
そう、K島くんは囲碁将棋部だった。

だが私は囲碁のルールなんか知らない。
では五目並べだとなりゲーム開始だ。

これが負ける、負ける。
まったく歯がたたない。

ひとしきり負けた後、私は臥薪嘗胆を誓う。
あくる日、近所のおじさんを訪ねて五目並べの指南を頂く。
このおじさんとは結縁関係など全くなく、単に子供のころからのご近所繋がりだ。

おじさんは囲碁が趣味だときいていたのだ。
最初はさっぱり歯が立たなかったが、次第に負ける手数が伸びていった。
要は、負けるには負けるが長手数になってきたのだ。
これは相手の手が読めるようになってきたということだ。
そして一月間毎日通っているうち、稀に勝てるようになったのだ。

そして意気揚々とK島くんに対戦を申し込んだ。
…勝てる、勝てるよ、3回のうち2回、5回なら3回勝てるようになったのだ。
私にとって、これは事件だ。
学年トップの成績をとっている男に勝っているじゃないか、と。

だが、夏休み中の夜11時過ぎまで勉強している現場をこの目で見て、私は悟った。
囲碁五目並べなんかしている暇があるわけないのだ。
彼は囲碁将棋部だった。なんらかのクラブに入らねばならないルールはなかったが、今思うと塾の先生からの指導ではないかと思う。少しでも内申点をあげるためかと思う。そうなると運動が出来ない彼としては書道部か囲碁将棋部しか選択できない。
そんな中で選択したのが囲碁将棋部というだけだ。

私はひと月もの間指南を受けてようやく少し打てるようになったにすぎない。
逆に言うとまったく何も努力も練習もしていないK島くんは、3回のうち1回、5回なら2回、私に勝つのだ。
私は自分の浅はかさに気が滅入り、K島くんとの心の距離はいつしか埋められないほど遠く離れてしまった。


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それから数年後、帰宅途中の電車でばったりK島くんに出会った。
私「おっ、久しぶりじゃーん」
K島くん「おー、元気だったかー?」
ひとしきり昔話に花を咲かせた後、近況の交換に入った。
私「いや最近バイトばっかだ、卒業したら就職だしな、お前は?」
私は公立の工業高校に通っていた。

K島くん「うん、俺は東大目指してる。在学中に国家Ⅰ種取って厚生省にはいるつもりだ」

今はTVドラマやネットの情報で良く耳にするが、当時は国家Ⅰ種取ってキャリア官僚を目指すなんて言う話はなかなか聞かない話だった。

私「やっぱお前スゲーなー、頭いいやつは違うなー」

普通の感想を言っただけだと思ったが、K島くんは俯いた。

K島くん「いやさー、目指すは目指すけどさー、正直わかんねーよ」
私「え?お前なら楽勝だろーよ、開成だろ、東大半分くらい行ってんじゃねーの?」
K島くん「半分は大げさだろ。実はさ、俺学年で下のほうなんだよ」
私「え?お前が?信じらんねえ」
K島くん「マジだよ、自分でも信じらんねーけどホントだ」
私「どーして?勉強してねーの?」
K島くん「してるよ、前にも増してしてる。けど勝てねー」
私「さらにどーしてだぞ?さっぱりわかんねー?」

K島くんはポツポツと話してくれた。
要約するとこうだ。
・まったく勉強してないヤツらがいる
・そいつらは朝練も午後も部活やってる
・カラオケとかしょっちゅう行って遊んでる
・だけどテストになると俺より上にいる

私「なにそれ、カンニングとか?」
K島くん「ありえない。一人二人じゃないんだぞ。そんな集団でカンニングとかありえない」
私「やっぱり陰で勉強してんじゃね?」
K島くん「だったとしても作れる時間はせいぜい1~2時間だろ、こっちは時間全部つぎ込んでる」
私「じゃ、なんなんだよ」

 

K島くん「いるんだよ、教科書パラッとめくるだけで記憶するやつ、数式眺めるだけで頭ん中で証明してるやつ」

 

私「マジか…」

私はそれ以上言葉が出てこなかった。
これ以降、K島くんとは会っていない。
私は仕事で埼玉県に行くことが多くなり、面倒だからとそっちに引っ越したからだ。
ひょっとして計画通り東大⇒厚生省でキャリアになって事務次官コースかなと探してみたが、残念ながK島くんの名前は事務次官リストにはなかった。
※当時は厚生省と労働省が合併する前だった

しかし、本当にそんな頭を持った連中いるのかなと思っていた。
すると10年後、職場の後輩が目撃したと言う。

そこは某大手銀行の一室、そこで一緒のプロジェクトにいた某大手電気メーカーのシステム子会社の女性社員が化け物だという。

詳しく聞いてみると、電話帳ほどもある分厚いシステム仕様書について銀行員から問われたところ、こう言ったというのだ。

 

女性社員「あ、その機能のパラメータについてのご説明はxxxページの(x)の章にございます」

 

パラッとめくられたそのページには、確かにその部分が記載されていた。
聞くとたまたま当てたのではなく、すべて暗記しているというのだ。

一同は驚愕したという。
なぜって、その女性社員は赴任してきてまだ一週間しか経っていなかったそうだ。
そんなことが可能ならすごい武器だ。

そこで私は思った。そうだ、私も頑張れば丸暗記できるかもしれない。私は中学のとき英語の教科書を丸暗記して95点取ったことを思い出した。 もちろん、その女性社員のように一週間でというわけにはいかないだろう。だが、少しづつならあのときのように覚えられるかもしれない。

私はとりあえず一番重要な一冊のぶ厚いシステムの仕様書に取りかかった。当時はまだインターネットやパソコンは普及しておらず、仕様書は手書きによるものだった。数週間経ったとき後輩から声をかけられた。

後輩「あのー、XXXのシステムの仕様書見なかったですか?」
私「お、これか?何するんだ?」 後輩「システム変更が入ったんで修正です」
私「どのページ?」
修正が必要なページは私が暗記を済ませたページだった。
数日後、後輩が仕様書を持ってきた。

後輩「じゃ、これここ置いておきますね」

私はしばし仕様書を眺めたあと、それを持って書庫に行き、そっと戻してこう思った。
仕様書はどんどん変更が入るのに悠長に少しづつ覚えようなんて土台無理な話だ。一週間で完璧に覚えてしまう女性社員との差は埋められるはずもない。

仕方がない。私は後輩を誘って焼き鳥屋に行った。くだらない話をしながらビールを流し込むと、ひとつの諺を思い出した。

 

--舟に刻して剣を求む--
呂氏春秋』の慎大覧篇に由来する寓話。楚の国の人が舟で揚子江を渡った。そのとき、剣が舟から水の中に落ちた。 すると彼は慌てて舟べりに目じるしを刻みをつけて、「俺の剣が落ちたのはここだ」と言った
やがて舟が向こう岸に着いてとまると、彼はその目じるしのところから水の中へはいっていって剣を探した
駒田信二『中国故事 はなしの話』P89
 

(…次回『(第6話)俺が先生?地獄のほふく前進 』に続く)

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