Tubakka’s blog

初老オヤジの青春時代の実話体験談。毎話読み切り。暇で暇でしょうがない時にお勧め。

(第19話)ふたりのお母さん?姉との別れ

今回は子供時代に姉と別れて暮らすことになった経緯を話そう。

第7話では小5の頃の話だったが、それよりもずっと前の小1頃の話だ。

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私は東京は葛飾区の金町で生まれた。と言ってもほとんどの人はそんな町のことは知らないだろう。だが、寅さんの葛飾柴又と言えば知ってる人も多いはず。

金町はそんな柴又の隣町にあり、私が物心つく頃はまだ昭和の情緒が色濃く残っていた。

夏になると屋台を曳いた風鈴売りが涼しい音色で家の前をとおり過ぎるし、ガラス鉢に入ったたくさんの金魚を売り歩く屋台も涼やかだ。ガランガランと手で持った鐘を鳴らして子供を呼び寄せる紙芝居のオヤジは、芝居が終わるとソースせんべいを売っていた。

【イメージ映像】紙芝居の屋台

空が茜色に染まる夕方には、甘い匂いで子供を引きつける玄米パンを売りに来る屋台や、どこか間抜けなラッパの音色を響かせて豆腐売りが自転車でゆっくり通り過ぎる、そんな時代だった。

 

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ある日、私は母に連れられて金町駅前に買い物に出た。

するとゴザを広げて何やら売っているスーツ姿のおじさんが一生懸命に商品の説明をしていた。私と母は少し離れてそれを見ていた。するとひとりの男が商品の事をしきりに質問すると次第に人が集まってきた。

質問男「よし、いいじゃねーか、ふたつくれ」
販売男「ありがとうございます」

すると、周りの人もつられて何人かが買っていた。

私「何してんの?」
母「啖呵売(たんかばい)っていうんだよ、物を売ってるの」

今ではもう、町中ではほとんど見かけなくなったが、縁日などではたまに見かけるだろうか。当時はどこでも見かけた光景だ。

一回り買い物をして小一時間も経った頃、もう一度同じ場所に来るとまだゴザを広げて販売は続けられていた。

私「あ?さっき買った人が売ってるよ?」
母「あら、本当だ」

なんと売り子と買い子が逆になって小芝居をしていたのだ。

母「サクラね」

当時はこんなこともザラだった。

 

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近所の子供達「どくちーん、遊ぼー」

当時、私は近所の子供達から『どくちん』とあだ名されていた。

姉「ほら、誰かきてんぞ、毒のチン玉」
私「うるせー、その呼び方やめろよ」

4つ上の姉は子供の頃から口が悪かった。口だけではなく素行も悪い。特に親に対しては反抗心がむき出しの子供だった。

例えば、こんなことがあった。

ある日の夕方、醤油が切れたので父がお金を渡して姉に買ってこいと命じた。しかし、辺りがすっかり暗くなっても一向に帰ってこない。心配した母が辺りを探しに行って連れて帰ってきた。訊くと近くの公園のブランコにひとりで座っていたという。父は激しく怒って平手で頬を叩いた。

父「お前、何やってたんだ!」
姉「ブランコ乗ってた」
父「何ですぐ帰ってこないか訊いてるんだ!」

もう一度、平手で頬を叩いた。

姉「別に…」
父「こいつは!」

母は殴りかかる父を止めて夕飯にしようと言った。豆腐には醤油がなく、かつお節だけが掛かっていた。

こういうことが幾度となくあった。姉はとにかく親の言うことを聞かない人だった。だが、そんな姉を母はいつも庇ってくれて怒ることはなかった。

 

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その夏、私は学校の宿題に出された読書感想文が書けずに悩んでいた。どんな本を読んでも感想が思い浮かばないのだ。『面白かった』、『つまらなかった』など、ほんの一言しか書けなかった。

姉「ふーん、書けねーんだ?」
私「うるさいなー、ほっとけ」

私は諦めて公園に遊びに行った。すっかり暗くなった頃、家に帰って家族団らんで夕飯を食べていると姉が言った。

姉「宿題いーのかよ?」
私「ほっとけよ」

寝る前にランドセルに明日の教科書を詰めていると紙が落ちた。

 

それは姉が書いた読書感想文だった

 

口は悪いが困ったときには助けてくれる、弟思いのとてもいい姉だった。

 

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ある夜、家族で銭湯に行った。当時、私の家には風呂がなかったからだ。私は裸になると浴槽に走って行った。ふと座っている人の背中に目がとまった。私は指を差して大きな声で言った。

 

私「金太郎さんがいるよー、金太郎さーん!」

 

 

背中には金太郎が大きな鯉を抱えている入れ墨が描かれていた。父は慌てて駆け寄り腰を曲げて謝った。

父「バカ、静かにしなさい。どうもすいません、子供がお騒がせして」
入れ墨の男「かまわんよ、ボウズ、金太郎さんいいだろ」

そう言って笑いながら入れ墨の男は頭を撫でてくれた。

この話はそれだけだ。

だが似たような思い出が高校生の時にある。家の風呂が故障したときに行った近所の銭湯の入り口で中学の友人に偶然ばったり会った。

この友人は中学の時は大人しく、どちらかと言うといじられキャラで、頭を叩いたり、からかわれたりすることが多かった。私は当時のつもりで彼の背中をバンバン叩いて昔話をしながら服を脱いだとき…

 

背中全体に彫られた般若の入れ墨が目に飛び込んできた!!

 

私はしばらく硬直した。すると友人はやさしくこう言った。

友人「あー、これ気にすんなよ、昔どおりで行こーぜ」
私「あ、そうだな」

いやいや、無理だってば、それは無理!もう普通にはつきあえないよ。私は背中をバンバン叩くことはもう出来なかった。適当に話を合わせて出てきた風呂上がり…

友人「なー、飲みいこーぜ、飲めんだろ?」
私「あ、そうしたいとこだけどよ、お袋が飯作って待ってっからゴメン。また今度!」

私はこうして彼から逃げた…。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

母「起きなさい、早く起きなさい、もう来るわよ」

私と姉は深夜に叩き起こされた。静けさの通りに響く父の怒鳴り声。父は酒乱だった。

大声で怒鳴りながら遠くから歩いてくるが、酔っていてフラフラなので家に着くまでには時間が掛かる。その間に素早く着替えて母と3人で家を出ると、事情を汲み取ってくれているご近所さんの家に逃げ込んだ。

母「いつもすいません、本当にご迷惑ばかりおかけして」
近所のおばさん「いんですよー、気にしないで、さぁ入って」

こんなことが2~3ヶ月に一度はあった。姉が父を軽蔑している理由がこれだった。父は酒を飲むと止まらなくなる人だった。何度も酒を止めるよう母が説得したが、一時しのぎにしかならなかった。

近所のおばさん「おたくも大変ねー、こうちょくちょくじゃねー」
母「ここ2週間は飲まなかったから止めてくれたかと思ったんですけど…」
近所のおばさん「2週間分、飲んできちゃったみたいねー」

そう言うと2人はギャハハと笑いあっていた。笑うしかなかったのだろう。

 

翌日、家に帰ってみると家中の窓ガラスは割れ、襖と障子も破かれていた。母はひとつづつ拾って片付けながらこう言った。

母「不思議ねー、テレビだけは壊さないのね…」

当時、テレビは非常に高価だった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

夏休み入ったばかりのある日、朝起きると姉に起こされた。姉は着替えてから公園に来いという。公園に行くと姉は別れの挨拶を切り出した。

姉「あたしさ、本当のお母さんのとこ行くことになったから、今日からいないからな」
私「えぇ?何で?本当のお母さんて何?」
姉「忘れちゃったの?今のお母さんは本当のお母さんじゃないよ、後から来た女の人。忘れたの?」
私「知らない。嘘!お母さんじゃないの?」

姉はゆっくり説明してくれた。父と実の母は私が3才の頃に離婚している。私は幼かったため、そのことをすっかり忘れていた。今の母を実の母と思い込んでいたのだ。

私「嫌だ!絶対イヤ!一緒に行く」
姉「一緒は無理なの!しょうがないんだってば。またいつか一緒に住めるよ」

実の母は子供を2人とも引き取りたかったが、父が私だけは許さなかったそうだ。姉が反抗していた真の理由がわかった瞬間だった。

 

金町駅の改札で姉を見送った。

姉は私の頭を撫でると『どくちん元気でな』と言った。私は大きな声で泣く事しか出来なかった。

姉は改札を通り抜けて階段の前で振り向くと私たちに手を振った。よく見ると近くでこちらを凝視する女性がいた。私は直感的に実の母だと思った。その人は顔にハンカチをあてて泣いていたからだ。

私は母を見た。母はその女性に軽く会釈をして挨拶しているようだった。まもなく女性と姉はホームに上がり見えなくなった。

激しく泣く私の頭を撫でながら母は『ごめんね、ごめんね』と何度も言って泣いていた。

 

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父の口癖は『人に迷惑をかけるな』だった。

私はだいぶ早い反抗期に入った。父に嫌われれば姉のところに行けると思ったからだ。ある日、私は友だちに自転車を借りて返さなかった。家の庭に乗り捨てた。友だちの母親が自転車のことを訊きに来た。私は庭にあると母に言うと、母は丁寧に謝罪して自転車を返した。そのことを聞いた晩、父は激高した。

父「人に迷惑を掛けるなとあれほど言っただろ!」

そう言うとズボンのベルトを外して、私の足を激しくむち打った。私は泣かないようにずっと我慢した。そういえば姉も叩かれても泣かなかったと思い出した。やっと姉の気持ちがわかった気がした。

母「もうそのくらいで勘弁してあげて!」

母は私を抱きしめて割って入った。

父「二度とするんじゃないぞ、わかったな!」

私は何も応えなかった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

翌朝…

母「朝ご飯、卵かけごはんとお茶漬けどっちがいい?」
私「…卵かけごはん」

母はすぐに卵かけごはんを持ってきてくれた

私「やっぱりお茶漬けがいい」
母「えぇー?しょうがないわねぇ」

しばらくして母はお茶漬けを持ってきてくれた

私「…やっぱり卵かけごはんにする」
母「いい加減にしなさい!」

母「もうお姉ちゃんはいないの!どうしようもないの。お母さんの言うこと聞いて」
私「でもお母さんじゃないもん」

そう聞くや否や、母は私に平手打ちをした。私は初めて母にぶたれた。母は私の肩を抱いて言った。

母「生んだお母さんじゃないけど、でも私もお母さんよ。二人お母さんがいるのよ」

母の目から涙が溢れていた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

2学期が始まったある日、帰ろうと校門に出たら姉がいた。

姉「よ、どくちん元気だったか?」
私「おー、びっくりした!帰ってきたの?」
姉「ちげーよ、お前ビンタしに来たの」
私「何で?」
姉「あんま、今のお母さん困らせんなよ。いい人なんだから」
私「え?ねーちゃんずっと嫌なことしてたくせに」
姉「オヤジにな、お母さんにじゃねえよ」
私「そうなの?」
姉「まーな。でもお前はどっちにもいい子にしてろ」
私「何で?」
姉「いいからしてろ。お母さんが困るからな。いいな?」
私「・・・ねーちゃん帰ってきたらな」
姉「それは無理なんだって。いつか一緒に住めるからっつってるだろ」
私「・・・」
姉「本当のお母さんが一人で可愛そうだからあたしが行くことにしたの。もういい加減わかれよ」
私「じゃ、会わせて、本当のお母さんに会わせて」
姉「うーん、それはどうすっかな」

 

姉は元の家に電話をして私を実母に会わせて返すからと伝えた。姉と電車に乗り蒲田駅の改札を出るとその人はいた。頭を撫でながら言った。

実母「よく来たね、偉いね」

近くの喫茶店でパフェを食べながら3人で話した。

実母「銭湯では本当に困ったんだよ、お漏らししちゃってね」
姉「お前、1才のとき銭湯でウンコ漏らしたらしーよ」
私「えー、ウソだー」
姉「本当だってー」

私の知らない私の逸話を話す実母は、実に楽しそうだった。だけど、取り返しのつかない空白の時間を埋めるには、あまりにも短い再会だった。

実母「今のお母さんはとてもいい人なのよ、悪いこと言ったりしたりしないで。約束して」
私「うん、二人のお母さんだよね」

あっという間に帰る時刻になった。改札で手を振る実母は泣き出しそうだった。再び姉と金町に戻り、その足ですぐ姉は再び蒲田に戻っていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

ある朝、起きると父が庭に行けという。

庭には燦然と輝く子供用自転車があった。

母「お父さんが買ってくれたんだから、ありがとうは?」
私「…ありがとう」

父はニコニコと笑った。

 

私は自転車を友だちから借りなくてもどこにでも行けるようになった。隣町のプールや公園、縁日など格段に行動範囲が広がった。何より自転車を持つことで友だちが増えた事が嬉しかった。

 

数日後、私は母に言った。

私「向こうのお母さんがね、お母さんはいい人だって」
母「私のこと、そう言ったの?」
私「うん。やっぱり二人のお母さんだった」

そう私が言うと、母は嬉しそうに笑ってくれた…。

 

(…次回(第20話)に続く)

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