小学校5年生の春、母と姉との3人で蒲田のアパートに暮らしていた
ある朝、私は遠足の支度をしていた
母が一応、ティッシュも持って行けというので見回したが見つからない
私「あー、時間ない、ポケットティッシュどこだっけ?」
姉「男だろ、いらねーよ」
私は「あっ」と言うとトイレに入り、ゴソゴソと探し回るとポケットティッシュを見つけた
私は手に持ったティッシュをサタデーナイトフィーバーのように片手で高く掲げて叫んだ
私「あったーー!」
姉「ゲーーッ!!いいよ、いいよ、それ持ってけ!持ってけ!」
母「お前それはダメだってー」
姉「いいよ、いいよ、それな先生に見せろよ、担任女だろ?ギャハハー」
母「止めなさいよ、けしかけないで!」
私は何のことかさっぱりだ
母「それは女の子が使うもんだよ」
姉「あー腹いてー。勘弁しろよお前、それナプキンだかんな」
母「そんなこと言ってもわからんでしょ?」
兎にも角にも男子が持っていてはいけないのだろう事はわかった
母はビニール袋に箱のティッシュを何枚か入れて言った
母「これ持って行きな」
私は急ぎ学校まで走るとバスに乗り込んだ
ふと姉のバカ笑いが脳裏をよぎった。あいつは許せない、あんなに笑うことねーじゃんと思った
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行きのバスの中、私はどうしても「ナプキン」なるものの正体が知りたくなった
女子が使う物だと言ってた。それだと男子に訊いてもわからないだろう
だが、女子にいきなり訊くのも躊躇した
目的地がどこだったか覚えていないが、ハイキングができる場所だったように思う
私は歩いていた二人の女子に思い切って訊いてみた
私「ねー、ちょっといい?」
女子A「なに?」
女子B「ん?」
私「…あのさぁ、ナプキンて何?」
女子A「…!」
女子B「え?本気できいてんの?」
私「えっ?」
女子A「バッカじゃないの…」
女子B「もう行こっ」
私「あーっ…」
2人は行ってしまった。時折こちらを振り返り怪訝そうな表情でコソコソ喋っている
私「何か…、ヤバくねこれ」
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帰りのバスの中、私は先ほどの2人が気になった
やはりコソコソ私のほうを見ては怪訝そうな顔をしている
するともう1人、コソコソ話に参加している女子がいる。私はあっと思った
隣の席のU田女子だ
これはまずいことになったと確信した
どうやら面倒なことになりそうだ!
U田女子は才女だ。成績は常に学年トップを争う成績で、しかも弁がたつ
…というのもこんなことがあったからだ
音楽の授業中、U田女子は手を挙げてO崎先生にこう言った
U田女子「先生の授業には問題があります。進め方を変えてください」
そうすると他の女子達もそうだ、そうだと続いた
私にはいったい何が問題なのかまったくわからなかったし、結局O崎先生にどうして欲しいのかもわからなかった
そして次の授業もその次の授業も同じように…
U田女子「先生の授業には問題があります。進め方を変えてください」
…と繰り返すのだった
数回、生徒達とO崎先生による放課後の話し合いがもたれた。私は興味も無くその話し合いには初回しかでなかった。結局、O崎先生が折れた恰好で決着したようだった。
小学5年生でこの交渉力と粘り、仲間を束ねる統率力はなかなか持てないものだ
私は恐ろしいなと感じるとともに、なるべくU田女子には関わらないようにしようと思った
だが、私にはO崎先生がそんなに悪い先生とは思えなかった
ある日の放課後、私の班は音楽室の掃除の当番だった
班のメンバーはジャンケンで負けた一人が掃除をして、あとは帰ろーよと提案してきた
私たちは全員、その提案に乗った
全員「ジャンケンポン!」私の一人負けだった。
しぶしぶ掃除をしているとO崎先生が入ってきた
O崎先生「偉いねー、一人で掃除してるのかい?ちょっとおいで」
先生について行くとお菓子をたくさんくれた
O崎先生「まじめに掃除して偉いぞー」
私は最後までジャンケンで負けただけだとは言えなかった
頭を下げてお礼を言い、最後まで掃除をして帰宅した
私にはこの思い出があったので、O崎先生が悪い授業をしているとはとても思えなかった
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どうも最近、女子の目が厳しいように思う
私のことをいかがわしいものを見ているような目つきだ
だが、どうすることも出来ない。時が過ぎて忘れてくれるのを待つのみだ
訳知りの男子に訊いてみると、どうやらナプキンは生理というときに使う物らしいことがわかった。わかってみると女子に訊くのはまずかったと痛感した。訳知りの男子は笑い転げた
訳知りの男子「強ぇーー、お前強ぇーわ、そこ訊くぅー?」
私は姉の次に始末するのはコイツしかいないと思った
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ある日、着席してみるとどうも隣のU田女子との席が若干前より離れている気がした
きっと軽蔑したU田女子が席を離したのだろう
日頃から私はU田女子から蔑むような眼で見られていたように思う
私と言えば休み時間にドッヂボールばかりして泥だらけだったし、少年漫画で流行っていた『トイレット博士』メタクソ団の「七年殺し」カンチョーを友人に決めて喜んでいる有様だった
『トイレット博士』(トイレットはかせ)は、とりいかずよしにより1969年に読み切り版を1970年から1977年まで『週刊少年ジャンプ』(集英社)誌上に連載されたギャグ漫画作品。 代表的な必殺技は「七年殺し」。相手の肛門に両手を入れ中で指で7を表現、七年後の命の保障がないという技。
当然と言えば当然か
授業が始まり筆箱を開けると何やら見覚えのある物体が眼に飛び込んできた
ナプキンだ!くっそーあのヤロー
こんなことするのは姉以外にいない。私は慌てて筆箱を閉じるとそっと隣のU田女子を見た。目が合った
私「いや、違うからこれ…」
U田女子は指を口元に持って行くと「シーっ」という仕草をした
そしてノートに何か書くと私に見せた
違う違うと必死に手を横に振る私を一瞥すると、彼女は背中を向けて頬杖をつきノートを閉じた
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私は帰宅するなり姉にドロップキックをお見舞いした。負けじと姉は私の首にチョークを決めたあと、 そのまま首投げし、私の上に覆い被されると両方のほっぺたを強くつねり始めた
姉「こないだの恨み、思い知ったか!」
私「ホントのことだろー!」
姉は同級生のヤンキー兄さん達に私がバラした数々の恥ずかしい話のことを言っていた
そのときを再現するとこうだ…
ヤンキーA「お前さ、T子の弟?前一緒に駅前にいたろ」
私「はい、そうです」
ヤンキーB「お、そういえば似てんな」
ヤンキーC「お姉ちゃん、やさしい?」
私「いいえ、ぜんぜん優しくないです、毎朝僕の分までパン食っちゃうし」
ヤンキーA「マジか?あいつ何枚食うの?」
私「何枚っていうか、1斤全部食べちゃうから」
ヤンキーA「スゲーなそれ、いただいた」
ヤンキーB「おもしれー、他には?」
私「オナラばっかしてて、手で掴んで鼻に押しつけてくるからイヤだ」
ヤンキーC「出た!スクープネタ、これは使える」
こんな感じだった。今考えると、そら怒るよなと思う。また悪いことに、そのなかに姉が密かに思う男がいたらしいことを後から姉の友人に聞いた
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次の日、教室に入り着席すると、例によってU田女子は背中を見せて頬杖をついていた。
ホームルームが終わり担任が席を立つとU田女子も席を立った
私を一瞥すると彼女は担任にこう宣言した
U田女子「先生、提案があります。席替えをしてください」
ほどなくして席替えが行われたことは言うまでもない
予想通り私とU田女子の席は最も遠い席となった
私はまぁいいと思った。U田女子が隣だと息が詰まる。返ってこのほうがいいじゃん
私が着席すると、机を移動する音が両脇から聞こえた
私の左右に座る女子生徒が私から離れようとしているのだった
遠くからU田女子の視線を感じた。見るとニコッと笑った
初めて見るあの子の笑顔に寒気を感じるのだった…
(…次回『(第8話)約束シカト?中1初恋5万円 』に続く)