Tubakka’s blog

初老オヤジの青春時代の実話体験談。毎話読み切り。暇で暇でしょうがない時にお勧め。

(第5話)俺が先生?地獄のほふく前進

勉強する中学生

今回は印象深い中学校の先生の話をしよう
まずは私の姉の中学の担任だ

その日、姉は初めてセーラー服を着、嬉々として登校した
入学式を終えて教室に着き、しばらく新入生の生徒たちとおしゃべりしていると、ガラッと戸が開いた
見ると大柄で体格のいいスキンベッドの男性教師が入ってきた

先生は机に両手をつき、鋭い眼光で教室を見回した

誰一人おしゃべりするものはいなくなり教室は静まり返った
生徒全員が先生に注目した

ほどなくして先生は黒板に向かって何か書き始めた
先生の体は大きく背中越しには何を書いているか見えない

そして書き終わると体をずらし、黒板をチョークで指差しこう言った

先生「何の因果か知らないが、俺の名前は『つるた てるお』だ」
黒板にはこう書かれていた

 

『鶴田照夫』

 

全生徒は大爆笑!!

これは後で他の先生に聞いたらしいのだが、鶴田先生は毎年このツカミで笑いを取っているらしい
どうやら自分の体躯やスキンへヘッドが生徒を怖がらせ、委縮させてしまうことに悩んだ挙句、このような自己紹介に辿り着いたようだ

鶴田先生おそるべし!!

 

私の中学の担任のY尋先生も負けず劣らず印象メーターを振り切った人だった
(※この先生の事は裏で生徒は呼び捨てだったので、以降呼び捨てにする)

 

ひとつ目のエピソードはこうだ
ある年の卒業式後の夕暮れ、Y尋が帰ろうと校門を出ると卒業生が7~8人集まっていた。俗に言う、お礼参りだ。ところがY尋はすべてを返り討ちにしたそうだ。とても信じられないが、これは伝説として生徒の間で語り継がれていた

 

ふたつ目のエピソードはこうだ
ある日、不良で鳴らした卒業生のあるヤンキーがY尋に泣きついてきた。同じクラスだった子がキャバレーで働かされ、家に帰してもらえないというのだ
普通は警察案件でしょ?と思うがY尋は白いスーツに着替えると単身ヤクザの事務所に乗り込んでその子を取り返して来たという
これも伝説になっている

 

Y尋はよく生徒をビンタする先生だった。いや、私だけでなく多くの生徒がビンタをくらった
殴られた理由は忘れたが、大体はこっちに非がある
掃除当番をさぼったとかだ。そう、理由なくビンタするわけではない
そして不良たちが髪を染めてくると速攻でバリカン攻撃を食らわせていた

私が悪いにしても遠慮なくビンタする先生に何か仕返しが出来ないかと考えた
前回、私は五目並べの腕を鍛えた話をした。私はこれが使えないかと思案していた
ある日、当時親友だったN坂がテニス部に入ったと言う。お前も一緒にやろうと誘ってきた。聞けばY尋から誘われてそうしたと言う
私は一計を案じた

 

当時、「エースをねらえ」という少女漫画がアニメになり、ひときわテニス部は女子に人気があり全学年あわせると40名以上いた。一方、男子にはまったく人気がなく、わずか数名だ
Y尋は顧問として男子を底上げする必要に迫られているに違いない
私は職員室に向かった

私「先生、N坂のこと部に誘いました?」
Y尋「おう、誘った誘った、お前もどうだ?」
私「いいですけど、五目並べて俺が勝ったらラーメン奢ってください」
Y尋「あー?なんだそれ?お前が負けたら入るんだろーな?」
私「男の約束です」

勝負は始まった。観戦役としてH野女子とN坂も見守った
私は初戦を落としてしまった。Y尋をナメていたのだ
これはまずいと思った。気を引き締めてかかった

Y尋「なんだお前、2で止めるなよー」
私「いえ、ほっとくと負けなんで」

『2で止めるな』の意味はこうだ
五目並べは4つ連続で石を並べるか、または3つ並んだ石を2列同時に作れたら勝ちだ。3×3で「さざん」とか4X3で「しさん」とか呼んでいた

例えば、Aさんが黒の石で3×3を作ったとする。Bさんが阻止するべく片方の3を白で止めたとしても、もう一方の3の列にAさんが黒の石を繋ぐと4個黒石が並ぶ。こうなると4個の黒石のどちらの端を白石で止めたとしても、もう片方に黒石を置いて5つ黒石が並ぶためAさんが勝つということだ

だから、3×3や4X3が作られる前の2連続の段階で止めないと負けるパターンがあり、そのパターンにはまっててたら2連続で止めていたのだ

当時の私たちがやっていた五目並べはローカルルールで先手も後手も3×3と4X3が許された。このルールだと圧倒的に先手が有利だが、みんなヘボなので、この単純なルールが採用されていた

その後私が2連勝するとY尋がムキになった表情で言った

Y尋「お前はあと全部白な」
私「え?ずるくないですか?」
Y尋「うるさい、ラーメンの人数増えてるだろ、ハンデだ」

次は私の黒(先)番だったが、否応なしだった
だが、次の試合も私が優勢のまま最後まで押し切り勝ち切った

Y尋「くっそー、しょうがねーラーメン行くぞ」
H野女子「わーい、やったー」
N坂「ごっつぁんでーす!!」

私たちは近くのラーメン屋で好みのラーメンを注文し、それを平らげた
Y尋は最後に念を押すように言った

Y尋「おめーら誰にも言うなよ」

これは大事なことだった。これがばれるとクラスじゅうにラーメンを奢らなければならない
私たちは約束を守った

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

数日後、私はテニス部に入部した。親友のN坂もいるし、やっぱり入ることにしたのだ。負けたら翌日からと約束していたが、良く考えるとそれは無理な相談だった。テニスラケットを持ってなかったからだ

私は渋る母に頼み込んでテニスラケットを買ってもらった。家計が苦しいことは承知していたが、粘り倒した。だが、只ではすまさない母親はバイトして返せと言う。こうして新聞配達がのちに始まるのだが、その話はまたにする

H野女子も印象深い
当時彼女はきれいな顔立ちをしていたが、歯の矯正をガッツリ上下に入れており、それが私には少し不気味に見えた
しかし、他の男子は違っていたようで彼女は非常にモテていた。彼女のファンは多く、何人にも告白されているといううわさが立っていた。だが、彼女が誰かと付き合い始めたという噂も聞かなかった

私は放課後の部活で彼女に訊いてみた

私「H野ってさぁ、スゲーモテるらしいじゃん」
H野「えー?そんなことなーい」
私「嘘つけ、八方美人もいい加減にしねーと罰があたるぞ!」
H野「何それー、ひどーい!」

そんなやりとりがあって数年後、高校生になった私はバイトの帰り、電車の中で肩を叩かれた。振り向くとH野だった

H野「おひさ!」
私「ん、H野?、マジか、なんだスゲー、マブくなってんじゃん」

当時は可愛い子のことを『マブい』などと言った。彼女は歯の矯正がすっかり取れていた。真っ白くきれいに整った口元の歯と元々きれいな顔立ちが相まって、彼女はスーパーモデルのような飛び切りの美人になっていた

私「マジか、Cancamなみじゃんか」
H野「あんたのお世辞は信じなーい」

ひとしきり部活時代の話をたくさんしたあと、電車を降りた
駅から家に帰るまでの途中に彼女の家はあった

H野「あんとき酷いこと言ったよね?」
私「え?何だっけ?」

すっかり忘れていた

H野「お前八方美人だろって言われたもーん、酷いよー」

思い出した!なんと彼女は根に持っていたのだ。なんとか取り繕わねば

私「どっから見ても美人になってっからいいじゃーん、それこそ八方からさ、許して」
H野「調子いいぞー」

その後H野はどうしただろうか?それ以来一度もあっていない


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


年が明けて3年になってもクラス替えはなく、担任はY尋のままだった。もう先生も生徒も受検モードだ
前回のK島くんの話にも書いたが、この中学の偏差値は低い

私ははなっから公立の工業高校に狙いを定めた。ほとんどALL3の自分なら合格圏内だったことと、大学に行くつもりもなく働いて金を稼ぎたかったからだ

そんな秋口、Y尋が私と何人かのクラスメートに放課後残れと言う
みんな何?なんで俺らだけ?と不思議そうな顔をしてあれこれ話していた
遅れてY尋がきた

Y尋「ちょっとお前らに頼みがある、まー聞け」

私は思った。前と後でおかしいだろ、頼むなら聞いてくれだろ
話はこうだ。お前らは合格圏内だから余裕がある、下の面倒を見るのに手を貸せという

私「下の面倒ってなんですか?」
Y尋「K藤とか、ほれ、いるだろ、そのへんのアホが」

Y尋には人権とか、人間尊重とか、そういう概念は微塵もないようだ
よく社会科の教師として受かったものだ

 

Y尋「お前ら勉強教えるの手伝え」

 

全員「えーーー??」

問答無用だった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


いくつかのグループに分かれて勉強会をすることとなった
私のグループの受け持ちはY尋に名指しされていたK藤くんだった

彼は名うてのバカだった
彼の成績表を見せられて私たちは愕然とした
バットとアヒル、1と2しかないのだ
普通、勉強はダメでも体育や図画工作とかが得意で3とか4をひとつとったりしているものだ。だが、彼にはひとつもないのだ、ひたすら1、2、1、2、だ
これは地獄のほふく前進だなと思った
1、2、1、2、だ

K藤の勉強は捗らなかった
誰かが言った
誰かA「放課後だけじゃ、ダメだこいつは。夜もやるか」
誰かB「えー、本当に?でも学校無理じゃん」
Y尋「よーし、お前らよく言った!場所は心配するな、明日からやる」

翌日
放課後の勉強が終わると移動すると言う
場所はK藤の家だった。我々は用意された握り飯をほうばりながらK藤に勉強を教えた

 

--読者諸君は言うだろう--
・お前ごときが教えるのか?
・バカが教えるから捗らないのか?

そのとおりだ。あなたは正しい
本来、ALL3程度の私が教えるなどおこがましい
だがそんな心配は無用だ。数学で言うと分数から教えているのだ。もはや数学ですらない、算数だ。K藤は分数を表す上と下の数字を区切る横線と割り算のマークの÷が同じ意味であることを初めて知った。中3の秋である
また国語で言うと「その時、~は」の「その時」とはどの時か?の設問の答えに「昼時」と答えていた。時刻は聞いていない。場面を聞いているのだ
中3の秋である
読者諸君、ご納得いただけただろうか?

 

勉強会はずっと続いた
K藤一家の夕飯にバリエーションが尽きたころだったかと思う。たぶん、毎日夕飯の献立に困り果てたK藤の母親は、簡単なつまみを用意し、ビールをY尋にお酌していた
1杯2杯とぐいぐいといき、次は熱燗だ。私はグループのみんなにボソッと言った

私「あっちは進んでんな」

みんな爆笑した。するとY尋は振り向いてこう言った

Y尋「お前ら遊んでねーでちゃんとやれー」

みんな思った。遊んでんのはお前だ!

結局、K藤家はY尋にとって居酒屋になった。まったく勉強会には参加しない。私たちに任せきりだ。私は大人になってから、このような現象に名前があることを知った

『丸投げ』だ

Y尋は生徒にK藤を押し付けた

かくいうK藤くんはクラスの中では愛されキャラだったが、今考えると虐められていたとも言える。冬のストーブの上に置いた熱々のハサミを頬っぺたにくっつけられて「あつつつー」という彼の言い方がおもしろく、クラスの大爆笑を誘ったり、シャーペンの芯で突かれたりしたときも「いたたたー」と面白く言う

私もよく笑っていた。共犯だなとおもう。だが、陰湿な虐めとか、金をたかるとか、そういうことはなかった。だからいじられキャラだと当時は思っていた
今だと完全にアウトだ

K藤くんは努力に応えようとしてはいたが、結果はなかなかついてこなかった
私は聞いてみた

私「どう、やっぱしつらい?」
K藤くん「うーん、好きじゃないからな勉強。俺コックって言うか、料理人になりたいと思ってるから」
意外だった。私は高校を出たら働きたいと思っていたが、具体的な職業までは何も考えたことはなかった。K藤くんは私よりずっと先を見ていたのだ

K藤くん「けど、みんな教えてくれてるからもっとがんばるよ」
K藤くんはその後も頑張ってついてきた
頭を小突かれながらも頑張った

そして年が明けて、いよいよ受検だ
私たち先生役のグループは予定通り全員が志望校に合格した

残るはK藤だ、彼は私立を2校受検していた
1校目はすでに不合格の通知が来ていた
2校目はどうか?こっちが本命だった
私たちは教室でじっと待った
その時Y尋が飛び込むように入ってきた

 

Y尋「受かった、K藤受かった」

 

歓声があがった!みんな自分の事のように喜んだ。女子は泣いている者もいた
私も目頭が熱くなった

Y尋がみんな座れと言った

Y尋「K藤は受かった。だからもうバカにするな」

確かにそうだと思った

Y尋「それとな、お前らはK藤に感謝しろ」

何でだろうと思った。こっちが教えたのに

Y尋「『教えるは学ぶの半ば』という言葉がある。お前らは中途半端な成績の集まりだ。あのとき合格圏内にはいたが、あのままほっといたら勉強しなかっただろう。そうするとどうなるか、他校の生徒は勉強する、お前らは勉強しない、どうなったか?」

私はハッとした

Y尋「お前らは穴の空いた知識をK藤の勉強会を通じて補強できたはずだ。だから本当に感謝しなければいけないのはお前らのほうだ」

そのとおりだった
きっと勉強していなかっただろう
先生は丸投げしてたんじゃなかった、私たちに偏差値の底上げをさせていたのだ
私は先生に深く感謝した

その時教室のドアがガラッと開いた。K藤だった

K藤「・・・ありがとう」

K藤はそのまま俯いて泣き出してしまった
料理人になるんだと言ってはいたが、強がりだったと思う
みんなはK藤に感謝を伝えたが、K藤はなんのことだかわからない様子だった
私もまた少し泣いてしまった


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから1年くらいたった頃だろうか
中学のクラスメートから電話がきた。なにやらY尋が引っ越しをするから手伝えと連絡がきたらしい。私は受験の恩義もあるからと参加を決めた

Y尋がどこに住んでいるか知らなかったが、なんと自由が丘だった
知らない人は知らないと思うが、当時でも目黒区の自由が丘は憧れの高級住宅街だ
おしゃれな店がいたるところにある

大田区に住んだことがない人は知らないだろうが、当時(今もかわらないと思うが)大田区は高級住宅地と一般住宅地とがあった。簡単に言うと大田区を真ん中あたりで横線を引いた上がブルジョア(資本家階級)、下がプロレタリア(労働者階級)だ

私たちの中学は最も下の方にあるプロレタリア地区だ。だからY尋が大田区を突き抜けてさらに上にあるブルジョア地区、それも憧れの自由が丘に住んでいることは驚きだった

地図を頼りにしばらく向かうと、こっちこっちと手を振る人がいる。かつてのクラスメートだった。確か4~5人だったと思う。合流して歩きながら訊くと引っ越しは同じマンションの上の階だという。業者の金をケチったなと思った。同じマンションの上下階なら高い金を業者に払わなくても教え子でいいと考えたに違いない

「Y尋」とある表札の前にY尋は立っていた

Y尋「ご苦労ご苦労、頼むぞ」

私は思った。腹立つわ。ブルジョアジーじゃん、業者雇えよと思った。一銭も使わずに教え子を労働者として搾取する根性が気にくわねぇわ
この日は無償奉仕と聞かされていた。感謝の念は一時的に置いといた

私は室内に入ってまた驚いた
奥さんも子供もいないのだ
誰かが言った

「なに俺らだけー?」

子供はともかく引っ越し作業に奥さんが居ないとかありえないんじゃないかと思ったが、とにもかくにも作業は始まった

箪笥、冷蔵庫、テレビなど重たくて大きいものは男子が担当、暇会食器類などは女子が担当した。ベッドは一度バラして運び、上で組み立て直すなど非常に手間がかかった

やがて夕暮れになり作業は完了した。みんな、へとへとだ。激しい疲労に空腹感もある。焼肉とまでは言わないが、ファミレスくらいはあるだろうと思っていた期待はむなしく散った。Y尋は上の階から冷えたビールとウィスキー、氷とポテチ、ポッキーなどの菓子類に割きイカなどのいわゆる乾きものなどを運んできた

Y尋「みんなよくやってくれた、まー飲もう」

今なら考えられないと思うが、こういう時代だった。高校生に平気で飲ませる先生は全国各地にいたはずだ。Y尋はもちろんそうだ

すきっ腹に酒がはいり酔いの周りは早かったと思う。Y尋はそうそうと言いながら転勤の話を始めた

Y尋「俺な、この春からXX中学に転勤してな」

XX中学は大田区の上のほうにある上級国民のご子息ご息女が巣くう学校だ。場違いにもY尋はそこに赴任したという

Y尋「いや初日からびっくりしたー、俺が校門を出るとズラーっと生徒が並んでこっち見るから、咄嗟にやる気かと思って身構えたらよ、揃ってこう言うんだよ『先生、さようなら』ってな。俺は感動したなー」

教え子全員「おー・・・」

一拍おいてY尋は満を持してこう言った

 

Y尋「お前らからは一回も聞いたことない!」

 

教え子は全員顔をみまわしてこう言った

教え子全員「確かに・・・」

 

(…次回『(第7話)宇宙服?家じゅう真っ白、粉だらけ 』に続く)

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