中1の夏頃、私は同じクラスのU原とよく話すようになっていた
U原は体が小さく私よりだいぶ背が低かった。痩せていてどちらかといえば目立たない存在だった。私も目立つ存在ではなかったので、その点はそれほどかわらない。だが勉強もスポーツも平均点には及ばない子でもあった
だが、大変な物知りだった
例えば、マンガ雑誌の付録のシールを私がカバンに貼ろうとしたとき
U原「あ、待って。シールの角を丸く切ると剥がれにくいよ」
…とか、当時流行っていたスーパーカーの話をしていたときには
U原「でもスーパーカーって燃費悪いよ」
私「ネンピってなに?」
U原「1リットルのガソリンで何キロ車が走れるかの事だよ、日本車だと10キロくらい走るけどスーパーカーは1キロも走れないよ」
…など、中1で『燃費』という言葉を知っていることに驚いたものだ
のちの中3の時、社会科の受け持ちで担任でもあったY尋の授業の事はいまだに忘れることが出来ない。この『燃費』が役立ったからだ
Y尋「日本車が世界で売れている理由は何だと思う?手を挙げて答えろ」
生徒A「安いから」
Y尋「そうだな。他には?」
生徒B「壊れないから」
Y尋「それもある。壊れにくいな、他には?」
生徒C「小さいから?」
Y尋「それはどうかな、三角だなぁ、他には?」
他に手を上げる生徒はいなかった
Y尋「いないか?最後にひとつあるぞ…」
1~2分経ってから『もしかして…』と思い私は手を挙げた
Y尋「おぅ、なんだ?」
私「燃費がいいから」
Y尋「そうだ!そのとおりだ!燃費がいいからだ」
クラス中が私を見て『おぉ~』といった。ある女子生徒が言った『ネンピってなに?』
Y尋「燃費っていうのはな、1リットルで車がどんだけ走るかだ」
全生徒「へぇー」
私以外だれも知らなかったのだ。私はくしくも2年も前にU原に教えられたことで初めて授業中に注目を浴びることが出来た
急速に仲良くなった私はU原の家に良く遊びに行った
U原の家は狭かったからと思うが、子供部屋として向かいのアパートの一室がU原の部屋として充てがわれていた。このことが親の目を遠ざける一因になっていたと思う
U原「ウィスキー味見してみる?」
私「え?そんなのあんの?」
U原「親父がどっかから貰ってきたサンプル小瓶があるから」
私はひと舐めしてみた。『うぇ~』といって吐き出した思い出がある。そのときはひどい味だとおもったものだ(今と違って)
こんな調子でとにかく目立たないくせに悪さを私に教えるのだ
U原「タバコ吸ってみる?」
私「え?そんなのもあんの?」
スッと肺に入れてみると私は悶絶した
私「ごほっごほっ、これはダメだ」
激しく咳き込んですぐに消した。U原はゲラゲラ笑っていた
私にアルバイトを一緒にやろうと誘ってきたのもU原だ。ビル掃除、新聞配達などを一緒にやった記憶がある。
今でも中学生のアルバイトは受け入れてくれるのだろうか?
当時は大らかなルールだった。本来中学生は夜20時を過ぎてはいけない規則だったと思うが、ビル掃除などは平気で終了時刻が20時を超えていた。まぁ、そのぶん休憩も多かったことは確かだが…。
ある日、U原のアパートに少年漫画雑誌の隣に少女漫画の雑誌『花とゆめ』が置いてあった
私「あれ少女漫画なんか見るの?」
U原「あー、姉ちゃんのだけど、なんとなく時々パラパラめくってる」
私「ふーん、ウチも姉ちゃんが買ってくるから見てるよ、今は『はみだしっ子』のアンジーが好きだな」
U原「あ、同じだ」
意外な共通点が見つかった。U原とはこれ以来、時々漫画談義に花が咲いた
そんなある日、U原のアパートでマンガを読んでいた時、初めて自分のコンプレックスを話し始めた
U原「背がなぁ、もう少しあればなって思う」
私「そればっかりはどうにもならないよな?沢山食べてスポーツするとか、牛乳飲むとかさ」
U原「方法はあるよ」
私「えー?どんな?」
U原「ホルモン注射」
私「ホルモン注射?」
U原「医者に成長ホルモンを注射してもらう方法があるんだよ」
私「へぇー、なら俺もやりたいよ」
U原「でも糖尿病になる可能性があるんだ」
私「それじゃ嫌だなー」
U原「そうなんだよなー」
その時、U原はブラックジャツクの単行本を手に取っていた。その巻は成長ホルモンの異常により巨人症になった男の話が掲載されていた
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私の中1の時の担任は数学のS村先生だった。帝大を出て海軍の士官を志したが身長が足りず涙を呑んだ話は以前したとおりだ
ある日、道徳の時間にS村先生は自分の趣味を書いてみろと言った
S村先生は生徒の机の間を縫って歩き、生徒の趣味が書かれたノートを見て歩いた
私はノートに『マンガを読むこと』と書いいていた。すると私のノートを取り上げて…
S村先生「マンガを読む事って書いてるヤツがいる、こんなものは趣味に値しない。マンガを描くならいいだろう。でも読むだけなら駄目だ」
そう言って私の机にノートを放り投げた
S村先生「書き直せ」
私「ヤです、マンガを読むのが好きです」
S村先生「好きなものを書けとは言っとらん」
そう言うと私を一発ビンタした。私は衝撃でその場に倒れこんだ。ビンタを喰らうとは思っていなかったから踏ん張りがきかなかった
私は立ち上がると食い下がった
私「小説が芸術ならマンガも芸術です、立派な趣味だと思います」
もう一発ビンタを喰らったが今度は踏ん張って倒れなかった
S村先生「勝手にしろ、だがマンガなんて低俗なものは芸術には入らん、みんな分かったな」
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授業後、U原が話しかけてくれた
U原「俺もそう思う、S村なんもわかってねー」
私「読んだこともねーくせに低俗とか言いやがってムカツク!あいつ絶対『11人いる』読んだら低俗とか言えねーと思う」
芸術とはなんだろうか。Wikipediaによると「芸術とは、表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動を表す」とある。
私の解釈は違う「人、または人々が表現、創作、製作するものであって、人の心を揺り動かし、感動させうるもの」だ。
だからスポーツの名場面も私にとっては芸術だ。逆に言うと芸術作品とされる中世の有名画家による肖像画は芸術とは呼びたくない。生活のために金銭と交換に肖像画を描いただけの作品が多く、それは商業作品だ。そこには芸術家としての魂があるとは思えない。
だが、その肖像画が妻や恋人などを書いたなら芸術と呼びたい。芸術とは表現者が持つ技術の絶対値を比較して争うものではないと思うからだ。
どちらの定義にせよ、マンガほど芸術の定義にぴったり当てはまるモノはない。これほど人を感動させうる表現方法が芸術でないなら、もう芸術と呼べる表現方法はどこにもないと言っていいではないか。
あれこれとマンガ談義をしていると女生徒2人が話しかけてきた
M子女子「カッコ良かったじゃん、さっきの」
T島女子「あたしもマンガ読むの好き。S村古いよねー」
私「だろ?俺ら少女漫画も読むぜ、『はみだしっ子』とか『つる姫じゃ~っ!』とかよ」
M子女子「えー?『はみだしっ子』も読むの?」
T島女子「あたしグレアムのファン、知的じゃん」
U原「そこはアンジーだろ?やっぱり」
M子女子「サーニンかわいくて好き」
私・U原「えぇーー??ないない」
これをキッカケに4人だけのマンガ同好会が生まれた
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マンガ同好会と言ってもそれは4人だけの秘密だ。当時、世間一般には『マンガは低俗なもの』という評価がはびこっており、積極的に同好会と言うのも、はばかられたからだ
同好会はマンガ雑誌が発売されると誰かの家に集まって回し読みを行うことが恒例になった。集まる先としては夜になるまで誰もいないウチか、またはM子の家が多かった
なかでもM子の家に行くときは楽しみがあった。M子の家は中古車販売を営む裕福な家庭でリビングが広く、いつも美味しい紅茶とお菓子がふんだんに用意されていたからだ。(※高1のときM子が自分ちの中古車屋でバイトしないかと誘ってくれたことがある。その話もまたいつか述べたい)
私たちは美味しい紅茶とお菓子を頬張りながらマンガについて熱く語り合った。特に『はみだしっ子』のときは読み終わった後、みんなで感想を言い合ったりした
例えば、こんな話の時があった。はみだしっ子たち4人がある街で子供たちの争いに巻き込まれる。以前はそのようなことはなかったのに、あるキッカケでグループ内に線引きが生まれ抗争に発展していくというストーリーだった
M子女子「これってうちのクラスで言うと不良グループとウチらみたいなモンかな?」
T島女子「かなー?別にモメてはないけどね」
U原「線引きがあるって点ではそうだよな」
私「気軽に話しかけられない空気感はあるよなぁ」
当時はヤンキー全盛の時代だったこともあり、クラス内にはそれ系の子とそうでない子のグループが乱立していた。お互いに無視するほどではないが、積極的に会話が弾むこともない、そんな感じだった
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ある日、デパートをぶらぶらして遊んでいた帰り道、U原がポケットから封が開けられていない新品のアリスのカセットテープを取り出した。
私「ん?どうしたのそれ」
U原「盗っちゃった…」
私「えぇ?盗っちゃったの」
私はビックリしたが、羨ましくもあった。アリスは当時流行っていてカセットテープは2~3千円もしたため、買うことは出来なかった
U原「今度教えてやるよ」
私「うん」
私は一瞬ためらいながらも好奇心が勝り誘いに乗ってしまった
数日後、また同じデパートに行き同じ事を繰り返した。一度成功すると味を占め二度三度と繰り返した。そしてとうとう…
U原「やばい、何か後ろから人がついてくる、急ごう」
私「うん」
階段を駆け下りて1階の出口を出たところで2人同時に手首を掴まれた
刑事A「よーし、おとなしくなー。こっちおいで」
刑事B「パトカーに乗ろうか」
顔から血の気が引く思いだった。U原も同じだ。私たちは蒲田警察署に連行された。署内のソファに座らされると私は質問された
刑事A「君は今まで何回くらい盗ったんだ?正直に言いなさい」
私「はい、3回くらい盗りました」
刑事B「君はどうなの?」
U原「今日が初めてです」
『えーっ?なんでそんな嘘つくの?それじゃ俺が万引きのリーダー役みたいじゃんか』
と私は思った。案の定、私が主犯ということで書類を作成されているようだった。私はものすごい裏切りにあった思いがして頭が真っ白になった
刑事A「君たちが盗ったものの利益をお店の人が取り返すためには、その10倍の品物を売る必要があるんだぞ、しらないだろ?」
刑事B「どんなに迷惑をかけたのか、わかるか?」
私「知りませんでした。すいませんでした」
U原「ごめんなさい」
暫くすると私の姉がやって来た。ソファの前まで来ると思いっ切りビンタを喰らった
姉「テメェー、何やらかしてんだ!」
刑事A「まぁまぁ、お姉さん抑えて抑えて。反省してるようだから」
刑事B「では、書類に署名をしてお帰りください」
警察署を出ると姉は自転車を押しながら言った
姉「お母ちゃんには言えないよ」
私「わかった」
姉「わかったじゃねぇよ!人のもん盗って情けねぇー、欲しいもんは出来るだけ買ってやってるだろーが!バカ!」
姉のほうが泣き出した。それを見ていたら私も涙が溢れてきた
私「ごめん、もうしない…」
姉「あたりめぇだろ」
姉は私の頭をゴツンと叩いた。私たちは黙ったまま家まで歩いた
U原の裏切りとも思えたこの一件から、私は一緒に遊ぶことを躊躇するようになった。U原は同好会にも来なくなり、二人は自然と疎遠になっていった
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あれから10数年、私は27~8才になっていた
水川からメールが来て中学時代の同級生が亡くなったから通夜に出席するかの確認だった。(※水川女史のエピソードはこちら)
その同級生とはそれほど親しい仲だったわけではないが、水川に会いたくて私は行くことにした
お焼香を済ませると水川のグループが外にいた。しばらく話し込んでいると遠くにU原とかつての不良グループがたむろしていた
私は驚愕した
U原が巨漢になっていたからだ。私より頭ひとつ大きくなっており、優に180cm以上はある。体重は100キロ?いや120キロくらいはありそうだった。
そして中学時代は鼻も引っ掛けられなかった不良グループと親しい関係になっているようだった
私は水川に訊いた
私「水川、U原だよなあれ?いつからあんなデカいんだ?」
水川「あー、U原ね、なんか高校行ってから急に伸びたらしいよ、異常に」
信じられなかった。中3まで朝礼で一番前に立っていた男がこんなに大きくなるものなのか?
私「あいつ糖尿病って聞いてない?」
水川「えっ?そこまで知らないよ、なんで?」
私「いや、ちょっと太ったなって思ったからさ」
私はブラックジャツクの話を思い出していた。あいつやったのか?ホルモン注射したのか?どうしても知りたい
私はU原のほうに歩き始めた。
するとU原がすぐに小さく頭を下げた。つられて私も頭を下げた。すると周りにたむろする連中もあたまを小さく下げた
私は歩みを止めた
こっちへ来るなってことか。そういう合図だと感じた。あえて頭を下げることで親近感を打ち消し、距離感を演出して見せた。そう感じた
私はしばし立ち尽くしていた
水川「行こうよ、あっちとは合わないよ、こっちはこっちで飲み行こ。久しぶりじゃーん」
私「お、おぅ行こうか」
焼酎を飲みながらU原のことを考えた
10数年ぶりとはいえ、一時期はあんなに仲がよかったのに赤の他人のような仕草をされて少なからずショックを受けた。私は『はみだしっ子』のことを想い出した
あれはそう…、ある出来事があってから線引きができちゃった話だったよな…
水川「なーにどうしたの?」
私「昔のマンガでさ、『はみだしっ子』って知ってる?」
水川「何それ知らない」
私「だよね」
…と思いつつ、グラスを傾けながら私はU原との想い出を辿った。あんな事があったとはいえ、もう昔のようにマンガ談義も出来なくなったと思うと寂しさが募った。私はみんなに2次会はカラオケにしようと誘い、朝まで熱唱してもう忘れることにした…
(…次回、『(第17回)輪廻転生?一期一会のイケメン』に続く)